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2章-25.アルの吸血、二度目の修羅場(★)

 私の迷いのない返事を聞いて、アルは驚いたように小さく目を見開く。

 そして酷く申し訳なさそうに、どこか切なく微笑んだ。


「ごめん……。かなり痛いと思う。……だけど、ちょっとだけ我慢してほしい」


 アルの細く冷たい指先が、私のブラウスのボタンへと掛けられる。

 静かにボタンが外され、室内の冷えた空気が私の剥き出しになった首筋へと触れた。


 ゆっくりとアルの顔が近づき、彼のひどく熱い吐息が首元へと吹き付けられた。

 間近に迫る、彼の端正な顔。

 その微かに開かれた唇の隙間から、鋭く尖った牙が覗くのが見えた。


 本能的な恐怖に、思わず身体が強張る。


「——っ!」


 肉を裂くような、鋭い痛みが首筋に走ったのは、次の瞬間だった。


「う……く……っ!」


 皮膚を貫き、 首の中へと牙が深く突き立てられる。

 同時に襲ってきたのは、自分の身体の奥底にある『生気』を覗かれる感覚。

 そのすべてを、強引に吸い上げられ、持っていかれるような凄まじい喪失感だった。

 私はすがるようにアルの服の胸元を、爪が立ちそうなほどに強く、必死に掻きむしる。


「ん……う……!」


 永遠にも思える混濁とした時間の果てに、ようやく、アルが私の首筋からゆっくりと唇を離した。

 彼は自らの舌で、今しがた鋭い牙を突き立てたばかりの傷口を 労るようにそっとなぞる。

 その瞬間、暴れていた痛みが、嘘のように引いていった。


「……はい、終わり。本当にごめんね、ルナリア」


 耳元で、アルのすっかり生気を取り戻した優しい声が聞こえた。


「はぁ……、はぁ……っ……」


 解放されたものの、まともな思考力も、身体を支えるだけの体力も、今の私には一切残っていなかった。

 視界が激しく明滅する。

 耐えきれずに、私の身体はベッドの上でがくりと力なく崩れ落ちた。


「おっと……」


 アルがその両腕を回し、自らの胸元へと優しく、包み込むようにして私を受け止めてくれた。

 彼の胸に顔を埋めたまま、私は荒い呼吸を繰り返す。

 アルの身体から冷たさが消え、心地よい温もりが戻っているのを静かに感じていた。


「うん、かなり元気をもらえたよ。どうやら、ルナリアの血とものすごく相性がいいみたいだ」


 私の耳元でささやくアルの声には、先ほどまでの弱々しさはなくなっていた。

 それどころか、いつも以上に艶を帯びた、深い響きさえ感じられる。


「それなら……よかった……のかしら……?」


 頭がぼんやりとして、私にはそんな気の抜けた返事しかできなかった。

 アルはふっと小さく笑うと、私の背中をポンポンと、優しい手つきで何度も撫でてくれた。

 その手のひらの温もりが心地よくて、私は彼の胸に身を預けたまま、小さく息を吐き出す。


 ガチャリ——。


 静まり返った部屋のドアが、何の前触れもなく勢いよく開け放たれた。


「ルナリア、父上への報告が終わった。アルの様子は——…………っ!?」


 入ってきたのは、グレンだった。

 しかし、彼は言葉の途中で完全に息を詰まらせ、その場に氷結したように硬直した。

 そして後ろへと退き、今しがた閉めたばかりの扉に背中を打ち付けた。


「グ、グレン……っ!?」


 私は飛び上がるほど驚いて、アルの胸元から顔を上げた。


「……ちょっとさぁ。グレン、君はいつもいつも……どうしてこうタイミングが悪すぎるわけ? まあ、だいたい俺が悪いんだけど……」


 アルはやれやれと大きく息を吐いた。


(こ、これ……もう絶対に言い訳が通用しないやつ……!)


 自分の今の状況を客観的に把握して、私の頭は真っ白になった。


 ベッドの上。

 アルの腕の中にすっぽりと収まり、密着して抱き合っている状態。

 ブラウスのボタンをいくつも外され、胸元が大きくはだけてしまっている。


 よりによって一番誤解されたくないグレンに、またもや大変な姿を見られてしまった。


「や、やはり……アルとルナリアは……」


 グレンはドアに背中を打ち付けた姿勢のまま、絶望に染まった声でぽつりと呟いた。


「だから……変な勘繰りやめてって言ってるでしょ。違うから、ちゃんと説明するから」


 まだ身体がふらついている私の身体をそっと抱き起こし、アルもベッドの上からゆっくりと身を起こす。

 彼は、未だにショックのあまり部屋の入り口で固まっているグレン。

 それとベッドの上で小さくなっている私を交互に見据えた。


「さて……。一体どこから話したものかな」


 アルがそう呟きながら、思案するように視線を巡らせた。

ご愛読ありがとうございます。

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