1章-24.道を外れた物語、淡い希望 .
公爵の執務室を出た私は、絨毯の敷かれた長い回廊。
そこを重い足取りで、自室へ向かって進んでいた。
(これで、もう私は暴力におびえる生活はなくなった……でも、まだ……一番の問題が残っている)
頭の中は、先ほど公爵から聞かされた事実。
そして、先送りにされた未来の選択肢で完全にパンクしかけている。
(高等部を卒業してから公爵家を出る……。ううん、それじゃあ絶対に遅すぎるわ)
私は心の中で強く首を振った。
前世の記憶の片隅にある、あのゲームのパッケージ。
そこに描かれていたグレンやアルは、今よりずっと年を重ねた青年の姿だった。
(制服のデザインのことを考えても、舞台は学園の高等部である可能性が高い……)
本編のシナリオが動き出し、全滅エンドのトリガーが引かれるのは、間違いなくその時期だ。
高等部を卒業するまで、公爵家で呑気に守られている場合ではない。
けれど、じゃあどう動けばいいというのだろう。
「逃げる」という選択肢は、限りなく不可能に近くなってしまった。
(私がここから無理に行方をくらませたところで、国内最高峰の権力を持つフォーサイス公爵家なら、きっと私の居場所なんてあっさりと見つけ出してしまう。……何より)
胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
(グレン……。彼なら、私が世界の果てまで逃げたって、意地でも追いかけてくる……かもしれない)
先ほど、フィン公爵が教えてくれたことが本当なら、彼の私に対する感情の重さは、私の想像を遥かに超えている。
短い付き合いだけれど、彼は一度口にした約束を絶対に曲げない。
そして、真っ直ぐな人間だということくらいは私にも分かる。
今のグレンを振り切って逃げることなんて、私には到底できそうになかった。
(……ああ、もう! 友達が熱弁していたゲームの内容、もっとちゃんと聞いておけばよかった……!)
思い出そうとすればするほど、ゲームの具体的なストーリーやイベント。
重要な攻略情報には、まるで白い雲がかかったように曖昧で判然としない。
それもそのはずだ。
私はあのゲームを、自分の手で一度も遊んだことがないのだから。
前世の私は、そのゲームをプレイすることなく、若くして死んでしまった。
入院中、お見舞いに来てくれた友達が「すごく面白いゲームがあるの!」と、スマートフォンの画面を見せながら熱っぽく魅力を語ってくれていた。
私の持つゲームの知識は、ただそれだけなのだ。
(あの時、病室で無理やりにでもプレイしておけばよかった。そしたら、こんなに後悔しなくてすんだのに……)
いまさら叶うはずのない、前世の未練。
せめて、これから起きるイベントの「ヒント」がもう少しだけでもあれば。
(でも……待って。少なくとも、今のこの状況って……)
私は自分の手を見つめ、ふとある事実に気がついた。
(……ゲームの本来の『本筋』からは、信じられないくらい大幅に外れているんじゃない……?)
今の私はすでに実家の地獄から救い出された。
こうしてフォーサイス公爵家に手厚く匿われている。
そして何より、攻略キャラクターであるはずのグレンが、悪役令嬢である私に婚約を申し込んでいる現状。
こんな展開、ゲームのプロットとしてはいくら何でもおかしいし、完全にバグっている。
(もしかして……全滅エンドって、もう避けられた……?)
トクン、と胸が高鳴る。
私には、守りたいグレン、アルがいて、公爵家の優しさがある。
私自身、彼らを殺そうなんてこれっぽっちも思っていない。
私が暴走さえしなければ、ここからどう足掻いたって、全滅エンドに繋がるルートなんて入りようがないのではないか。
「……うん。きっと、もう大丈夫よね……」
自分を安心させるように小さく呟いた時には、自分にあてがわれている客室の扉の前まで辿り着いていた。
目の前の扉の向こうには、私の帰りを待っているであろう、二人の少年がいる。
シナリオが完全に狂い、全滅の運命から遠ざかった。
そう信じて、淡い希望に胸を膨らませる。
——この時の私は、希望的観測で現実を見ようとしていなかっただけのかもしれない。
全滅エンドのフラグは、これっぽちも消えてなんかいなかったのだから。
これで一章は完結です。ご愛読ありがとうございます!
番外編3話を更新した後、二章が開始します。
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