2章-22.グレンの嫉妬と、密かな決意(★※糖度高めの回)
公爵邸の自室に戻り、通学鞄などの荷物を整理し終える。
私は、緊張の糸が切れたようにソファへ沈み込むように腰掛けた。
「ふう……」
今日一日の目まぐるしい出来事を思い返し、小さく息を吐き出す。
そして、再び右手の指先を目の前にかざして、じっと眺めてみた。
そこには、うっすらと赤い筋が残っているものの、やはり新しく血が流れ出す様子はどこにもない。
(傷口を舐めるだけで、こんなに綺麗に血が止まるものかしら……?)
前世の医学的な知識で考えても、あるいは今世でも。
アルのあの行動と、その後の結果はあまりにも不自然で不可解だ。
尽きることのない疑問に頭をぐるぐるとかき回されていると、不意に自室の扉が静かにノックされた。
「ルナリア、いるかい? グレンだ」
「あ、はい! どうぞ、入って……」
慌てて指先を隠し、立ち上がりながら声を張る。
ゆっくりと扉を開けて入ってきたグレンは、学園の制服ジャケットを脱いだ白いシャツ姿だった。
普段の完璧な佇まいよりも少しだけラフなその姿に、心なしか男性らしい体が強調されているように見えて、私はほんの少しだけドギマギしてしまう。
「グレン、どうしたの? こんな時間に」
「その、ルナリアに……少し聞きたいことがあってね」
グレンは珍しくどこか言い淀むように視線を彷徨わせる。
その表情は、いつもの穏やかなそれとは違い、どこか張り詰めた硬さがある。
「私に? ええっと……明日の授業の予習か何かかしら?」
グレンは小さく首を横に振ると、さらに一歩、私の方へと足を進めた。
「……単刀直入に聞くが、ルナリア。君は……アルのことを、どう思っているんだ?」
「へ!? ア、アル、のこと……っ!?」
予想の斜め上を突き抜ける質問に、私の口からは、なんとも間抜けた驚きの声が飛び出す。
「どうしても、あの訓練場での二人の光景が頭から離れなくて……。もし、ルナリアとアルの二人が、本当に心から想い合っているのだとしたら……私は……」
グレンはそれ以上言葉を紡げないように、きゅっと唇を噛み締めた。
「ち、違う! 違うの、グレン! アルとは絶対にそんな仲じゃないわ! 本当に、ただ偶然あそこで会って、急に倒れそうになった私を、アルが咄嗟に支えてくれていただけなの!」
「……本当に?」
覗き込んできた碧玉の瞳が、不安そうな光を宿して揺れている。
「本当よ! 確かにアルは優しいし、大切な存在だけれど……それはあくまで『友人』としてであって、男性としての好意とか、そういうものじゃ絶対にない!」
私は自分でも驚くほど、我を忘れて必死に弁明を続けていた。
なぜだか自分でも理由はよく分からない。
けれど、他の誰かならいざ知らず、グレンに誤解されるのがどうしても嫌だったのだ。
「そうか……。よかった……」
私の必死さが伝わったのだろう。
グレンは心の底から救われたように、ふわりと胸を撫で下ろしたように微笑んだ。
そして、張り詰めていた空気を溶かすように、私の側へとゆっくり歩み寄ってくる。
「ルナリア。……今、君を抱きしめてもいいかい?」
「ふえ!? え、ええっと……その……す、少しだけなら……」
あまりの急展開に、なんとも情けない変な声が出てしまった。
けれど、私が言い終わるのとほぼ同時だった。
グレンの大きな手が私の背中へと回され、その胸の中へと強く、きつく抱きしめられた。
「——っ」
初等部の頃に比べて成長した彼の身体。
広い肩幅や、硬い胸板。
一人の『男性』としての力強さと体躯が伝わってくる。
薄い衣服越しに伝わる彼の高鳴る鼓動と、熱い体温。
それらが、私の心臓を直接ぎゅっと締めつける。
「もし、本当にアルが君の想い人だったなら……私は、あいつに敵う気がしなかったんだ」
耳元で、グレンの少しこもった声が響く。
「グレン……」
「でもね、ルナリア」
グレンは私を抱きしめる腕の力をさらに強めると、耳元に熱い吐息を吹きかけるように声をこぼす。
「たとえ、本当にそうだったとしても……私は君を、他の誰の手にも渡すつもりはなかった。アルが相手だろうと、君の気持ちを俺に振り向かせるために、みっともなくあがき続けていただろう」
その言葉に宿る熱に、私の心臓はさらに大きく跳ね上がった。
「……驚かせてすまない。少し、嫉妬して取り乱してしまった」
私をそっと腕の中から解放する。
グレンはどこか照れくさそうに、切なげな笑みをこぼすのだった。




