1章-21.狂ったシナリオ、本気の求婚 .
グレンのあの衝撃的な求婚から、怒涛の一夜が明けて。
私は今、王都の一等地にあるフォーサイス公爵邸の、目も眩むほどに豪華な客室に滞在していた。
ふかふかの天蓋付きベッドに、見るからに高級な絨毯。
その部屋の一人掛けの高級ソファにゆったりと腰掛け、アルが手をひらひらとさせて「作戦の答え合わせ」を始めた。
「ま、というわけでさ。昨夜のあれこれは、全部一応俺たちの『計画通り』だったってわけ」
「計画通りって……いったい、どこから……?」
「パーティーの招待状がお宅に届いた時点からかな。主催のレミントン伯爵家はさ、実はうちの公爵家と昔からめちゃくちゃ懇意でね。今回は、実の娘を虐げるペンバートン子爵を合法的にハメるために、ずっと裏で協力してもらってたんだよ」
「まさか……あの、勝手に倒れて割れた花瓶も……?」
私が驚いて目を丸くすると、アルは悪戯っぽく笑う。
「そう、それ。あれは俺が会場の遠くから、魔法でちょいっと突っついて倒したの」
「や、やっぱりそうだったのね」
「ルナリア嬢に粗相の濡れ衣を着せる形になっちゃってごめんね? ああでもしないと、休憩室に隔離する名目が立たなかったからさ」
「そういう段取りだったの……それなら、色々納得できるわ……」
あまりにも用意周到な連携に、私はただただ感心するしかなかった。
私が違和感を覚えたあの瞬間も、すべては彼らの手のひらの上だったのだ。
「んでさ、本来の台本はこう。父親が君に激怒して暴力を振るう。その決定的瞬間を、俺とグレン、公爵様が乗り込んでいってバッチリ押さえるって感じ」
「父はいつも、暴力が明るみにならないようにしていたものね。まさか伯爵邸で行為に及ぶとは思わなかったけれど……」
「まあ、そこは少し賭けだったよ。……んで、国家権力による強制的な『親権停止』と『身柄の保護』。ここまでは完璧だった……のだけど、最後にグレンが、ね……」
そこでアルは話を止め、ジト目になってチラリと私の隣へと視線を向けた。
「……なんというか、うちの若君が、台本にない大暴走をやらかしたことに関しては、俺からも謝らせて」
アルが両手を合わせて、私に向かって小さく頭を下げる。
その視線の先。
私のいる二人掛けのソファには、グレンが当然のような顔をして隣に座っていた。
それだけではない。
彼は私の手を、ずっと包み込むようにして、ぎゅっと握りしめ続けているのだ。
指先から伝わってくる彼の体温が気恥ずかしくて、私の心臓はずっとうるさい音を立てている。
「グ、グレン……?」
居心地の悪さに耐えかねて、私は彼の顔を覗き込む。
すると、呼応するようにして、彼もその美しい碧玉の瞳を私へと真っ直ぐに向けてきた。
「なんだい、ルナリア。どこか身体が痛むのかい? 医者を呼ぼうか」
「あ、ううん、そうじゃなくて……。あのね、その……」
私はごくりと唾を飲み、一番気になっていた、けれど怖くて聞けなかった疑問を口にした。
「……昨日の、あの『婚約』のお話なんだけど。あれって……その、あの場を切り抜けるための……とっさの『嘘』、だよね……?」
そう、ただの嘘。
そう自分に言い聞かせなければ、胸が爆発してしまいそうだった。
けれど——。
私の言葉を聞いた瞬間、グレンの手の力が、さらにきゅっと強くなった。
彼は、照れる風でも、茶化す風でもなく。
ただひたすらに熱い眼差しで私を見つめ返した。
「……嘘じゃない。私は、あの場にいた全員の前で、生涯をかけて君を幸せにすると誓ったんだ。ルナリア、私は本気だよ」
「——へあっ!?」
真っ直ぐすぎるその言葉が、私の耳を優しく揺らす。
からかうようにニヤニヤしているアルの視線なんて、もう全く気にならなくなるほどに、私の顔は一気に真っ赤に染まっていくのだった。
「で、でも……っ! 私はしがない子爵家の娘で、これといった権力も後ろ盾もない。フォーサイス公爵家にとって、私と結婚するメリットなんて、何一つとして無いはず……!」
身分違いにも程がある。
貴族の婚姻は、家同士の利益の結びつきだ。
私と結婚する不利益を必死に並べ立てるが、グレンはどこまでも優しい瞳で見つめ続けた。
「メリット、か。そんなものは必要ない」
「グレン……!」
「それに、私がルナリアと結婚したいと思っている。ただそれだけでは駄目だろうか?」
「ひゃ……っ」
甘すぎる言葉が脳を直接揺らして、変な悲鳴が出てしまった。
隣で、がっちりと私の手をホールドしたまま、至近距離でこんな台詞を吐き出す。
この人は本当に末恐ろしい。
「わ、私達、こうしてまともに言葉を交わすようになってから、まだ一週間くらいしか経っていないわ! 婚約なんて、いくらなんでも早すぎるんじゃ……!」
「期間なんて関係ない。それほどこの一週間が、私にとっては濃く、決定的な時間だったんだ」
私のどんな反論も、グレンのストレートな言葉によって、ことごとく真っ正面から叩き潰されていく。
逃げ場を塞がれて戸惑う私に、グレンは少しだけ不安げに瞳を揺らす。
「……ルナリアは、私のことが嫌いか?」
「そんなわけない……っ! ……あっ」
勢いに任せて口から飛び出してしまった本音に、私は慌てて自分の両手で口を塞いだけれど、もう手遅れだ。
「なら、何も問題はないな」
グレンは満足げに、ふわりと完璧な王子様のような微笑みを浮かべた。
私の手は、相変わらず彼の大きな手のなかに囚われたままだ。
「いいえ、問題しかないわ! そもそも……公爵様が、私との結婚をお許しになるわけがないでしょう!?」
いくらグレンが本気でも無理だ。
家長である公爵が、こんなデメリットしかない婚約に首を縦に振るはずがない。
「父上が何と言おうと、君との婚約は絶対に、何があっても取り消さないよ。たとえ公爵家を勘当されたって構わない」
「グレン、さらっととんでもない発言を投下しないでくれる?」
椅子に深く腰掛けていたアルが、呆れ果てたようにため息をつく。
「あ、そういえばさ、ルナリア嬢。今朝、公爵様から伝言を預かってたんだった。この後、君と『お話』があるってさ」
「えっ……!? 公爵様が、私と……?」
アルの口から飛び出した最悪のタイミングでの通達に、私の心臓が再び跳ね上がった。
青ざめる私を見て、アルは「あはは」と手をひらひらさせた。
「ちなみに、呼ばれてるのはルナリア嬢『だけ』ね。俺とグレンは、この部屋でお留守番」
「待て、アル。私は彼女の婚約者だ。当然、私も一緒に行く」
一緒に立ち上がろうとするグレン。
しかし、アルはそれを制するように冷ややかな視線を向けた。
「ダメだよ。公爵様から『グレンは無理やりにでも部屋から出すな、足止めしろ』って厳命されてるの。君が行くと話がややこしくなるから」
「アル。私は父上と剣を交えることになってでも――」
「はいはい、物騒なこと言わない。……頼むから大人しくじっとしていてよ。君を止めようとして、俺がまた魔力使いすぎで寝込む……なんてこと、絶対に嫌でしょ?」
「む……」
グレンはバツが悪そうに口を閉じると、大人しくソファへと腰を落とした。
「……じゃあ、気をつけてね、ルナリア嬢。公爵様、見た目は怖いけど、根は優しい人間だからさ。めちゃくちゃ規律に厳しい人でもあるけど、まあなんとかなるでしょ」
アルの、まったく励ましになっていない見送りの声を背に受けながら、私は一人でフォーサイス公爵家の執務室へと向かうことになったのだった。




