1章-20.断罪の光、グレンの婚約宣言 .
「くそ、ルナリア……ッ! お前のせいで、お前のせいで私は……! 母親といい、どこまで私を馬鹿にすれば気が済むんだッ!」
破滅を突きつけられ、完全に理性を失った父が、怒りと激しい痛恨に顔を歪ませながらなおも私を睨みつけてくる。
その口から飛び出した「母親」という言葉。
かつて私と同じように、この男に支配されていた母の面影が、今の私と重なったのだろうか。
「すべては、あなたの身から出た錆です。ペンバートン子爵」
血を吐くような父の怨嗟を遮り、グレンが私を庇うようにして立ちはだかった。
「あなたがルナリアをひとりの人間として大切にしていれば……心から愛していれば、こんなことにはならなかった。自分を地獄へ落としたのは、他でもない、あなた自身の強欲と冷酷さだ」
「う……ぐう、ううう……っ! この、小癪なガキがあああッ!」
図星を刺され、完全に逆上した父が、理性のタガを外してグレンに向かって殴りかかろうと突進してきた。
「グレン!」
後ろからアルが声を上げるのと、完全に同時だった。
グレンは顔色ひとつ変えず、ただ静かに右手を上空へと掲げた。
その瞬間、休憩室の薄暗い空間が、凄まじい純白の光に包み込まれた。
あまりの眩しさに、私は思わず腕で目を覆う。
——ドォンッ!!!
空気を激しく揺らす、重苦しい鈍い衝撃音が室内に轟いた。
目を突き刺すような光が、次第に収まっていく。
恐る恐る目を開けると、そこには、部屋の壁へと派手に叩きつけられ、そのまま床に崩れ落ちて苦しげにうめいている父の姿があった。
「……グレンよ。いくら現行犯とはいえ、我が家の家伝たる『女神の槍』を持ち出すのは、流石にやりすぎだ」
呆れたような、けれどどこか誇らしげなフィン公爵の声。
「……これでも、手加減をして軽く吹き飛ばしただけです、父上」
そう答えたグレンの手元には、息を呑むほどに美しい、神々しい『槍』が握られていた。
柔らかな白い光をたたえ、その輪郭からは光の粒子が、ほろりと床へ向かって舞い散っている。
それは紛れもない、高純度な密度を持つ「光属性」の具現だった。
「ルナリア嬢、大丈夫? ……驚かせちゃったね。あれはね、『女神の槍』と呼ばれる、フォーサイス公爵家の長い歴史のなかでも、極めて稀な、選ばれし者しか扱えない伝説的な神聖魔法なんだよ」
いつの間にか私のすぐ側まで歩み寄ってきていたアルが、やれやれと溜息をつきながら、肩をすくめて首を振った。
「グレンはその若さにして、その力を引き出した正真正銘の継承者なんけど。……まったく、あんな度し難く穢らわしい人間に、公爵家の至宝を見せびらかすんじゃないよ。もったいない」
「アルの言う通りだ、グレン。そのような小悪党に少しでも本気を出すなど、フォーサイスの名が泣くな」
グレンは握りしめた『女神の槍』を静かに消散させながら、床で這いつくばる父を、冷徹極まりない瞳で見下ろした。
「ルナリアを傷つけ、その心を踏みにじった罰だ。……正直に言えば、これでもまだ、私の怒りは少しも収まっていない」
いつもの優しいグレンからは想像もつかない、どこまでも深い怒り。
私のための憤りだと思うと、恐ろしさよりも温かさが広がっていく。
「まったく……。騒々しい真似を。グレン、お前はもう下がりなさい」
フィン公爵が息子の肩を叩いた。
その声音には、どこか優しさを滲ませた親心が感じられる。
「え……。ですが、父上」
「あとの実務は大人の領域だ。お前は先ほどルナリア嬢を庇った際、ガラスの破片を浴びただろう。頬に傷ができている。すぐに外へ行き、手当てをしてもらいなさい」
「こんなのかすり傷です! 私はまだ、ここで……!」
グレンは自分の頬を手の甲でぬぐうと、頑なにその場を動こうとはしなかった。
「グレン。お前は十分によくやった。現場を押さえ、彼女を守り抜いた。……ルナリア子爵令嬢のこれからについては、私とアルで法的になんとかするから大丈夫だ。何も心配せず、あとを任せなさい」
公爵の言葉は、完璧な正論であり、父としての気遣いだった。
グレンは拳をきつく握りしめ、その肩を微かに震わせる。
「——嫌です……っ」
「……何?」
グレンのどこまでも頑なな拒絶に、フィン公爵は小さくため息をついた。
そして、今度は父の顔を引っ込め、「当主」としての絶対的な威圧感をその声に宿らせる。
「では、フォーサイス公爵家当主としての命令だ、グレン。これより先は、他家の家庭事情だ。まだ『子ども』であり、何の権限も持たぬお前には関係のないこと。……下がりなさい」
「な……っ!」
絶対的な力関係に気圧され、グレンの身体が一瞬、たじろいだように後ろへ引ける。
その張り詰めた空気のなかに、やれやれ、と頭を抱えるような声が滑り込んできた。
「あーあ……。公爵様、それは今一番あいつに言っちゃダメな言葉のオンパレードだよ……」
アルが心底あきれたように呟く。
「子供」だから、関係がない。
「権限」がないから、口を出せない。
その理不尽な境界線を突きつけられた瞬間。
グレンの瞳の奥に、猛烈な、けれど恐ろしく冷静な光が灯った。
「——なら、関係があればいいんですね……?」
グレンが、静かに、迷いのない足取りで、私と公爵の間に一歩進み出た。
その碧玉の瞳は、凄まじい覚悟が満ちている。
「ルナリア。私は、今この瞬間、君に我がフォーサイス公爵家との……私との『婚約』を申し入れます」
「…………え?」
私の頭が、完全に思考を停止した。
今、この人は何と言ったのだろう。
婚約って、あの、結婚の約束の……?
「父上。これで私は彼女の『婚約者』、つまり未来の夫だ。親族の不祥事、および婚約者の保護という名目なら……私には、これ以上ないほど関係があるでしょう」
凛と言い放ち、胸を張るグレン。
そのあまりにも突拍子もない、けれどこれ以上なく完璧な方法で大人たちの理屈をひっくり返した少年を前にして。
「「「えええええ!?!?!」」」
私の、アルの、そしてあの厳格なフィン公爵の。
三者の驚愕の叫び声が、休憩室のなかに見事なまでに美しく重なり、木霊したのだった。
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