2章-19.(アル視点)血塗られた誓約、忍び寄る影
むせ返る血の匂い。
そして視界を赤く染める激しい炎。
崩れ落ちた無惨な瓦礫。
この世の地獄をそのまま具現化したかのような惨劇の中心に、俺と彼女はいた。
「アリア! そんな、どうして……どうして君がこんな……っ!」
腕の中に抱きしめた彼女は、浅い呼吸を繰り返している。
彼女のなかの命の灯火が、もう消えかけているという残酷な事実。
それが、嫌というほどすぐに分かってしまった。
「泣かないで……。ねえ、最後に……あなたにしか頼めない、大切なお願いがあるの」
「最後だなんて言うな……っ! 俺は、君がいるから、君がいてくれたからこそ、ここにいるんだ! 君がいない世界なんて……!」
涙を流して拒絶する俺の頬に、アリアの血に濡れた、小さく震える指先がそっと触れた。
彼女はひどく穏やかで、優しい微笑みを浮かべる。
「大丈夫。私はずっと、あなたのことを想っているわ。……だから、お願い……」
愛おしげに俺の顔を見つめながら、アリアは最後の力を振り絞るようにして、その言葉を紡いだ。
「私の血を、あなたの中に。……そして、この国を……みんなを、守ってほしいの……」
「……っ」
言葉を失い、俺は絶望に胸をかきむしられる。
遅かれ早かれ、彼女は事切れるだろう。
奇跡なんて起きない。
それならば、今この瞬間に俺ができることは、ただひとつだけだった。
「——わかった。命が続く限り……君の愛したこの国を、俺が守り抜こう」
愛の言葉などではない。
それは、魂を永遠に縛り付ける呪いのような誓いだった。
俺はその誓約を、自分自身の奥深くに、決して消えない傷として深く刻み込む。
そして、俺はこれ以上涙を流すのをやめ、ゆっくりと彼女の白い首筋へと顔を寄せた。
命を吸い取る鋭い異形の牙を、その肌へと深く打ち立てる。
◇
「——というわけなのだが……アル、聞いているか?」
「……ん? ああ、もちろん聞いてるよ」
深く沈み込んでいた思考の沼から強引に浮上させ、俺は軽く首を振って意識を切り替えた。
そして、対面に座るこの国の重鎮――フィン公爵に向かって、いつも通りの相槌を打つ。
「それにしても、本当なのそれ。あいつらは……とうの昔に、この俺が残らず絶滅させたはずなんだけど」
「だが、上がってきた報告書によると、発見された遺体には皆一様に、特異な『噛み痕』が残されていたそうだ。……見間違いようもないほどに」
「ふうん……。まあ、俺の目の届かない世界の片隅にでも、しぶとく生き残りが隠れていたのかな」
パラパラと手元の報告書をめくりながら、俺は大きなため息をついた。
「フィン。とりあえず、俺はしばらくこの一件の調査に集中させてもらうよ。グレン達のことは……少しの間、放っておくことになるけど大丈夫?」
「もちろんだ。すでに王宮内でもこの噂が流れ始めて、上層部も騒がしくなっている。これ以上、混乱が広がる前に、何としても迅速に手を打ちたい」
「ま、そりゃそうだ。俺としても……こいつらをこのまま野放しにしておくのは、寝覚めが悪いからね」
パサリ、と書類をローテーブルの上へと投げ出し、俺はソファからゆっくりと立ち上がった。
そのまま部屋の大きな窓辺へと歩み寄り、ガラスの向こうに広がる王都の夜の闇へ視線を向ける。
かつて、一人の女性と交わした、呪いにも似たあの誓約。
あの日の記憶が、胸の奥で微かに疼いた。
「今更、吸血鬼だなんてね……」
自嘲するように呟いた俺の言葉は、窓の外の深い闇の中へ、静かに溶けて消えていった。
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