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2章-19.(アル視点)血塗られた誓約、忍び寄る影

 むせ返る血の匂い。

 そして視界を赤く染める激しい炎。

 崩れ落ちた無惨な瓦礫。

 この世の地獄をそのまま具現化したかのような惨劇の中心に、俺と彼女はいた。


「アリア! そんな、どうして……どうして君がこんな……っ!」


 腕の中に抱きしめた彼女は、浅い呼吸を繰り返している。

 彼女のなかの命の灯火が、もう消えかけているという残酷な事実。

 それが、嫌というほどすぐに分かってしまった。


「泣かないで……。ねえ、最後に……あなたにしか頼めない、大切なお願いがあるの」


「最後だなんて言うな……っ! 俺は、君がいるから、君がいてくれたからこそ、ここにいるんだ! 君がいない世界なんて……!」


 涙を流して拒絶する俺の頬に、アリアの血に濡れた、小さく震える指先がそっと触れた。

 彼女はひどく穏やかで、優しい微笑みを浮かべる。


「大丈夫。私はずっと、あなたのことを想っているわ。……だから、お願い……」


 愛おしげに俺の顔を見つめながら、アリアは最後の力を振り絞るようにして、その言葉を紡いだ。


「私の血を、あなたの中に。……そして、この国を……みんなを、守ってほしいの……」


「……っ」


 言葉を失い、俺は絶望に胸をかきむしられる。

 遅かれ早かれ、彼女は事切れるだろう。

 奇跡なんて起きない。

 それならば、今この瞬間に俺ができることは、ただひとつだけだった。


「——わかった。命が続く限り……君の愛したこの国を、俺が守り抜こう」


 愛の言葉などではない。

 それは、魂を永遠に縛り付ける呪いのような誓いだった。

 俺はその誓約を、自分自身の奥深くに、決して消えない傷として深く刻み込む。


 そして、俺はこれ以上涙を流すのをやめ、ゆっくりと彼女の白い首筋へと顔を寄せた。

 命を吸い取る鋭い異形の牙を、その肌へと深く打ち立てる。



「——というわけなのだが……アル、聞いているか?」


「……ん? ああ、もちろん聞いてるよ」


 深く沈み込んでいた思考の沼から強引に浮上させ、俺は軽く首を振って意識を切り替えた。

 そして、対面に座るこの国の重鎮――フィン公爵に向かって、いつも通りの相槌を打つ。


「それにしても、本当なのそれ。あいつらは……とうの昔に、この俺が残らず絶滅させたはずなんだけど」


「だが、上がってきた報告書によると、発見された遺体には皆一様に、特異な『噛み痕』が残されていたそうだ。……見間違いようもないほどに」


「ふうん……。まあ、俺の目の届かない世界の片隅にでも、しぶとく生き残りが隠れていたのかな」


 パラパラと手元の報告書をめくりながら、俺は大きなため息をついた。


「フィン。とりあえず、俺はしばらくこの一件の調査に集中させてもらうよ。グレン達のことは……少しの間、放っておくことになるけど大丈夫?」


「もちろんだ。すでに王宮内でもこの噂が流れ始めて、上層部も騒がしくなっている。これ以上、混乱が広がる前に、何としても迅速に手を打ちたい」


「ま、そりゃそうだ。俺としても……こいつらをこのまま野放しにしておくのは、寝覚めが悪いからね」


 パサリ、と書類をローテーブルの上へと投げ出し、俺はソファからゆっくりと立ち上がった。

 そのまま部屋の大きな窓辺へと歩み寄り、ガラスの向こうに広がる王都の夜の闇へ視線を向ける。


 かつて、一人の女性と交わした、呪いにも似たあの誓約。

 あの日の記憶が、胸の奥で微かに疼いた。


「今更、吸血鬼だなんてね……」


 自嘲するように呟いた俺の言葉は、窓の外の深い闇の中へ、静かに溶けて消えていった。

ご愛読ありがとうございます。

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