1章-14.グレンとアルの話し合い(幕間) .
公爵邸へと向かう、格式高い紋章が刻まれた馬車の中。
ガタゴトと規則正しい振動に揺られながら、グレンとアルは窓から差し込む大きな夕日を浴びていた。
車内を包む茜色の光の中。
アルはいつになく深く座席に背を預け、疲れたように薄く目をつむっている。
それを見つめるグレンの表情は硬い。
「……アル。本当に、大丈夫なのか? 無理をしなくていい。明日くらい、屋敷で大人しく休んでいてくれ」
「平気だって言ってるでしょ、グレン。あの誘拐事件の時からさ、君はちょっと俺のこと心配しすぎ。一応俺の主なんだから、もうちょっと堂々としていてよ」
アルは目をつむったまま、唇の端をわずかに上げて器用に笑ってみせた。
「そうかもしれないが……。お前が倒れたら、私は……」
「そんなことより。今日の訓練、ルナリア嬢のためになったじゃない? 想定以上の出力だったけど、あの様子なら、あの子はすぐにでも自分の『闇』を制御できるようになるよ」
「……ああ。それは、本当に良かった」
アルの言葉に、グレンはほっとしたように小さく息を吐いた。
ルナリアが前を向けたこと、自分の光が彼女の役に立てたこと。
それは彼にとっても、純粋に嬉しかった。
「……でもさ、グレン。分かってると思うけど、タイムリミットは近いよ」
アルがゆっくりと青い目を開き、じっとグレンを見つめた。
グレンの緑の瞳は、現実を突きつけられて激しく揺らめき始める。
「ペンバートン子爵は、公爵家の影を使っておいしい偽りの商談で気を逸らしている。だけど、それももってあと少し」
「わかってる……」
「彼女が医務室に滞在できるのは、怪我が治るまでの……まあ、長くてあと数日だ。その日が来れば彼女は、あのペンバートン子爵の元へと、強制的に戻ることになる」
「っ……!」
アルの冷徹な現実の指摘に、グレンは膝の上で、傷だらけの拳をぐっと握りしめた。
脳裏に浮かぶのは、服の下に隠されていたルナリアの痛々しい痣。
「彼女は『誰が』とは言わなかったけれど。服の下に隠れるように的確に暴力する奴なんて、見られたら困る親族くらいだよね」
「……公爵家の調査でも、彼女が叱責されている可能性は高いらしい。だが確実な証拠はない……」
戻れば、またあの暗闇のなかで、一人で涙を流すことになるのは明白だ。
あんな少女が、なぜ実の親にあそこまで虐げられなければならないのか。
グレンは自身の手を見つめながら、苦悶するようにうつむく。
「グレン、君はどうしたい?」
アルの問いかけには、からかうような響きは一切なかった。
フォーサイス公爵家の優秀な影として、主君の本当の意思を測るための、真剣な眼差しだ。
「私は……」
グレンは窓の外、夕闇に沈んでいく王都の街並みを見つめ、絞り出すように声を響かせた。
「できるなら、いや……何をしてでも、彼女を助けたい。あんな理不尽な暴力の元に、彼女を二度と戻したくはないんだ。今戻れば、今度こそ彼女の心も身体も、完全に壊れてしまう気がする」
「うん、そうだね。グレンはそう言うと思ってたよ」
アルは待っていましたとばかりに薄く笑うと、座席から上体を起こし眼鏡の位置を直した。
「だったら、ただの同情じゃなくて、ちゃんと彼女をあの家から合法的に『奪う』ための計画を立てないとね。公爵家の権力をもってしても、一歩間違えればただの誘拐になっちゃうから」
「ああ……。すまない、アル。またお前の知恵を借りることになる」
「いいって。俺は君の従者だからね。……ただ、グレン。計画を立てるなら、彼女を『助けた後のこと』も、きっちり考えておかなくちゃいけないよ?」
「助けた後のこと……か」
グレンが、悩ましげに顔をしかめる。
アルはそんな主君の、真面目さを感じながら肩をすくめた。
「そう。子爵家から、そして世間からどう彼女を守るのか。ちゃんとそこも整理しとかないとね」
「それは……まだ、答えが出ない。だがとにかく、まずは彼女を無事に保護する術を考えよう」
「はいはい、若君。じゃあ、今夜は作戦が決まるまで寝れないね」
ルナリアを守るため、令息と従者は、運命のシナリオを書き換え始めていた。
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