1章-13.グレンと私の等身大の言葉 .
訓練場の鍵を返却し終えた後、私は校門までグレンを見送ることにした。
彼は「ルナリアも疲れているだろうから」と最初はきまずそうに遠慮していたけれど、私がどうしてもと押し切る形で、最終的には嬉しそうに承諾してくれた。
ほんの少しだけ、彼の手を引くような能動的なわがまま。
なぜだか分からないけれど、私はもう少しだけ彼のことを知りたくなってしまっていたのだ。
夕暮れの茜色の光が、私たちの影を長く地面に引き伸ばしていく。
静かな帰り道、私は隣を歩く彼の横顔を見つめながら、そっと口を開いた。
「アルもそうだけれど……グレンも、あんまり無理はしないでね」
「私が、かい?」
グレンは意外そうな顔をして、その碧玉の瞳を私に向けた。
「ええ。グレンはいつでも完璧で、とっても頑張っているけれど……私は少し、心配なの。フォーサイス公爵家という大きな名を背負うのは、きっと想像もつかないくらい大変なことだと思うから……」
私の言葉に、グレンは一瞬だけ立ち止まりそうになり、それからどこか寂しげにふっと目を伏せた。
「ルナリア……。大丈夫だよ、心配ありがとう。だが、私の抱えている重圧なんて、父上や兄上達のご苦労に比べたら、本当に大したことではないんだ。これくらい当然の務めだよ」
「——そういう風に、『当然』って言って、自分を後回しにしてしまうところが心配なの」
私はグレンの前に一歩踏み出し、彼の瞳を見つめ返した。
「何かと比べて、無理に背伸びをする必要なんてない。私は、他の誰でもない……グレンには、グレンらしくいてほしいの」
「私、らしい……か……」
グレンはその言葉を、口の中で静かに繰り返した。
周囲の大人達はきっと彼に「公爵家としてらしくあれ」と求めたのだろう。
その大人達のプレッシャーが、彼をここまで大人びた少年にしてしまったのかもしれない。
「私は、グレンの……その、いつでも周りを気づかえる、優しいところが大好き」
「——っ!」
グレンの身体が、一瞬驚いたように硬直した。
夕暮れの光のせいか、彼の頬が赤く染まっていく。
「私はあなたのその優しさに、何度も、とても救われているわ。……だからね、グレン。私は、あなたのその大切な優しさを、今度は私が守りたいと思っているの」
「ルナリアが……私を、守る……?」
グレンは呆然とした様子で私を見つめている。
「なんて……本当は、いつも守られてばかりで、弱くて迷惑をかけてばかりの私が言うことじゃないのだけどね」
自嘲気味に微笑みながら、私は胸の奥で小さくため息をついた。
今も、それにきっとこの先待ち受けている『全滅エンド』。
その原因である私が、彼に向かって「守りたい」だなんて、本当におこがましいにも程がある。
けれど、ゲームのシナリオなんて関係なく、私の目の前にいる優しい少年には、不幸になってほしくなかった。
「グレン……他の誰かの幸せももちろん大事だけれど、どうか、あなた自身も幸せになってね」
「ルナリア、私は……」
グレンが、一歩、私との距離を詰める。
彼の瞳には、熱い炎が灯っているように見えた。
「私は、君と出会ってからの一週間、ずっと幸せだよ」
「え……?」
「私はずっと、早く大人にならなければと、一人で焦って頑張っていた。けれど……同じ夢を追うルナリアに出会えた」
「そんな……私の夢なんて……」
「君は、今にも壊れてしまいそうなくらい脆くて儚そうに見えるのに、実際は誰よりも強い心を持っている。その心の強さに、優しさに、私はずっと憧れているんだ。君と話していると、心が穏やかになり、芯から温かくなるのが分かる」
「グ、グレン……私、そんなに褒められるような立派な人間じゃない……」
熱烈すぎる言葉の連打に、今度は私の方が顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。
純粋無垢な少年のストレートな褒め言葉は、あまりにも心臓に悪すぎた。
「私だってそうだ。自分でも嫌になるくらい、本当は弱い。……でも、ルナリアとこうして話していると……不思議と、その自分の弱さすら、大切な自分の一部なんだって認められるような気がするんだ」
「……弱いことは、悪いことじゃないもの。誰だって傷つくし、完璧じゃない。……私はさすがに、現状があまりにも無力だから、もうちょっと強くならないと駄目だと思うけれど」
「ルナリアは十分強いよ。私なんかより、ずっと……」
「そ、それはないわ! でも……お互いに『強くなりたい』って願うのも、きっと悪いことじゃないものね」
私たちが顔を見合わせて小さく笑い合うと、心地よい温かさが二人の間に流れた。
すると、グレンは何かを思い立ったように、少しだけ真剣な、もどかしそうな表情で私を覗き込んできた。
「……ルナリア、ところで……一つ、個人的な質問をしてもいいかい?」
「どうしたの? グレン」
「君には……その、現在好きな……特別な好意を寄せている異性は、いるだろうか?」
「へ!? い、いえ! 全然、いないけれど……っ!」
唐突すぎる色恋沙汰の質問に、私の声が盛大に裏返った。
そもそも、私には異性どころか、友達と呼べる存在すらグレンとアル以外には一人もいないのだ。
恋愛なんて、文字通り雲の上の話である。
「そうか……! いないんだな……!」
私の答えを聞いた瞬間、グレンの顔に、今日一番の眩しい、弾けるような喜びの笑顔が咲いた。
なぜだか分からないけれど、もの凄く嬉しそうに胸を撫で下ろしている。
そうこうしているうちに、目的地の校門が目の前に近づき、私は足を止めた。
「そ、それじゃあ、私はここで……。グレン、今日はお疲れ様。おやすみなさい」
「ああ、ルナリア……。また明日、学園で会おう」
名残惜しそうに何度も振り返りながら、夕闇の向こうへと帰っていくグレンの背中を見送る。
私は自分の胸が不自然に脈打つのを、どうしても抑えられなかった。




