5章-125.(グレン視点)示された道筋、エリオスから託される願い
エリオスは銀の髪を夜風になびかせながら、私の言葉に小さく頷いた。
「そうだよ、あれはママが変質した姿。……魂が歪みすぎて、傷つきすぎて、もう元のママには戻れないんだ」
その言葉を受けながら、私は再び異形へと視線を向ける。
どれだけ目を凝らしても、そこにルナリアの面影を見つけることはできなかった。
「っ……だとしてもエリオス! ルナリアを殺すなんてやめてくれ! 何か、何か方法があるはずだ……!」
「方法って? ……僕は知らないよ」
エリオスはゆっくりと首を振る。
その声には怒りも迷いもなく、ただ全てを受け入れたような凪があった。
「それは……」
言葉が続かなかった。
打開するための術など、今の私には何一つ思い浮かばない。
ただ、このままルナリアを失うことだけは、絶対に認められなかった。
「平気だよ。ここから僕が全部やるからね……」
エリオスが銀色の魔力をその体へと収束させ、足元の石床に複雑な魔法陣を描き始める。
このままでは、人知を超えたエリオスの実力なら、ルナリアを本当に殺してしまう。
「やめてくれ、エリオス!」
私は拳が痛むのも構わず、自身を阻む銀の檻を叩き続けた。
しかし私の叫びは虚しく夜に溶けるだけで、もう彼には届かない。
悔しさと焦燥が胸の奥で燃え上がり、何もできない自分の手がはがゆい。
檻を叩く手に力を込めるほど、圧倒的な無力感が全身に広がっていった。
目の前で始まろうとしている、愛する人達の惨劇を止められない。
頭をどうにかしてしまいそうなほど、目の前の光景が耐え難かった。
◇
「——あきらめないで——」
「——あなただけが——あなたの祈りだけが、ルナリアを救えるの——」
◇
絶望に呑まれかけ、瞳を閉じたほんの一瞬。
神聖な気配の満ちる純白の空間から、誰かの清らかな声が聞こえたような気がした。
その響きが、挫けかけていた私の心を叩き起こす。
「そうだ、ルナリアのために、私は……!」
私は手元にある女神の槍へと視線を落とした。
かつて港町で、エリオスが口にした言葉。
竜人の女王が語った、女神の槍の気配。
そしてキリアン卿が明かした、神聖魔法の真髄。
そして先ほど私の内にわずかに湧き上がった、未知なる力。
すべての記憶が一つの流れとなり、輪郭を帯びていく。
それは、あまりにも分の悪い賭けだった。
私の導き出した答えは、もしかしたら間違っているかもしれない。
それでも、私は大きく息を吸い込んで心を整え、ただ一心に祈りを捧げる。
それは天上にいる神に向けてではなない。
目の前で涙を流しているルナリアを、何としてでも救い出すためのものだった。
その祈りを乗せて、私は女神の槍を大きく振るった。
すると、先ほどまであれほど頑強に私を閉じ込めていた銀の檻が、まるで薄氷のように脆く崩れ去った。
「え……」
ルナリアに向けて魔法を放とうとしていた、エリオスの動きが止まる。
彼は信じられないものを見たかのように、こちらを驚いたように見つめている。
「そうか……やはり女神の槍の……本当の力は……」
進むべき道筋が見えた今なら、きっと未来を切り開ける。
この残酷な運命だって変えられるはずだ。
「エリオス、君は本当にルナリアを殺したいのか? 約束だからではなく……君自身の心は一体どう思っているんだ」
「それは……」
エリオスが金色の瞳の光を、迷うように揺らす。
口を小さく引き結び、戸惑うように視線を泳がせるその表情だけで、私への答えとしては十分だった。
「一度だけ、私にルナリアを助ける機会をくれないか。絶対に彼女を……連れ戻してみせる」
エリオスはまだ葛藤するように、じっと足元を見つめている。
しかし、やがて今にも泣き出しそうな顔で、私のことを再び見上げた。
「お願い、パパ。ママを助けて……!」
エリオスの、胸を締め付けられるような懇願。
私は彼を安心させるように、大きく頷いた。




