5章-121.(セフィラ・ヴィル視点)偽りの自愛、紫電の一閃
セフィラの目に映ったのは、恐ろしくどす黒い異形だった。
子どもが乱暴に壊してしまった人形のような、あまりにもいびつな姿。
それは、夜の闇さえも恐れをなすような、底知れない禍々しさを宿した化け物だった。
「これが……ルナ、リア……?」
セフィラの震える声に、異形が夜空へと飛び立ったのを見届けたキリアンが、振り返りながら柔らかく微笑む。
「ええ、そうですよ。もっとも、姿も魂の形さえも違うのなら……それを同一人物と言ってよいものか、私は迷ってしまいますが」
困ったように眉を八の字に下げるキリアンの表情は、まるで教会で子どもの他愛のないわがままを聞き入れる神父のように穏やかだった。
セフィラの記憶の中にあるキリアンの姿と、何ら変わりはない。
彼自身のその手で、ルナリアが異形の化け物に変えられたという最悪の事実さえなければ。
今にも以前のように彼にすがりついてしまいそうなほど、周囲には温和な空気がまとっている。
「今までのことは……全部……嘘だったんですか……!? 私に優しくしてくれたのも、支えてくれたのもすべて……!」
セフィラの目から、とめどなく涙があふれ出る。
目の前の受け入れがたい現実を拒否するかのように、彼女の視界は涙で大きくかすみ、歪んでいた。
「ああ、その表情は実にいいですね。慕っていた相手に裏切られたという、あなたの今の顔はとても美しい。しかし、ひとつだけ否定しておきましょう。あなたを小さい頃から可愛がったのは嘘ではありませんよ。年配者として、未来ある若者を支えるのは当然の役目ですからね」
「じゃあ、何で……!」
「神聖魔法の使い手は、優しい心を持つ者が多いです。それゆえに、他者の痛みに傷を負いやすい。……対極と位置づけられながらも、その繊細な性質は闇属性の持ち主と酷似しているのですよ。だから、あなたのそばにいた方が、より素晴らしいものが見られると思ったのです」
迷える生徒に教えを授けるように、キリアンは一つひとつの言葉を丁寧に説明していく。
かつて自分に優しく講義してくれた時の姿と残酷に重なり、セフィラの心を余計に激しく苛んだ。
「しかし、あなたの持つ神聖魔法は、強大で、優しく……私の計画のすべてを台無しにする可能性を秘めている。これ以上あなたに生きていられるのは、私としても非常に困ってしまいます」
キリアンは群青の髪を夜の闇に溶け込ませながら、音もなくセフィラへと近づいていく。
「さようなら、聖女セフィラ。あなたとは、もう少し遊びたかったですよ」
キリアンの黒の手袋に覆われた手が、救いのない絶望とともに、ゆっくりとセフィラに向かって伸びていく。
セフィラは、鎖によって動くこともできず、ただ終わりの瞬間を涙とともに待ち受けるしかできなかった。
キリアンの指先が彼女に触れようとした、まさにその時。
「——っ」
キリアンがその動きをピタリと止める。
そして、まるで夜の闇の中を滑空するかのように、驚異的な速さで後ろへと大きく飛び退いた。
直後、夜の空気を切り裂いて、黒い軌跡を描く凄絶な斬撃がキリアンの直前までいた場所に猛然と叩きつけられる。
凄まじい衝撃に、石床が激しく弾け飛んだ。
「……来ると思っていましたよ、ヴィル」
風にたなびくローブを手で払いのけながら、キリアンが突如として割って入った影に向けて、いつもと変わらぬ穏やかな笑みを投げかける。
銀の剣を強く携え、細められた黒の瞳から、ヴィルはキリアンに向けて苛烈な殺気を飛ばしていた。




