5章-120.災厄の魔女の誕生、引き裂かれる魂
神聖の鎖による締め付けによって、息をすることさえひどく苦しい。
けれど、私の目の前にたたずむこの男だけは。
絶対に許すわけにはいかなかった。
私は月夜に沈んだ床の上で、その目で彼を射殺すように見つめ返す。
「私を……どうするつもりなの……っ」
「大丈夫ですよ。殺すだなんて、そんなもったいないことはしません。あなたの強大な闇の魔力を利用して……『災厄の魔女』となっていただくだけです」
災厄の魔女。
それは、かつて彼が意図的に私たちへと教え込んだ、あのおぞましい化け物の正体だった。
「やっぱり、あの時現れた化け物は、あなたが……!」
「本来なら、もう少々精緻に作り上げますよ? あなた方があまりにも私へとたどり着かないので、少しばかりからかうために簡易的なものを配置してみたのです。……今頃は彼らもようやく、私の正体に思い至っているかもしれませんね」
私の推測は最悪の形で的中していた。
私が化け物へと変質させられ、その手で仲間たちを殺めることになる。
脳裏をよぎる恐るべき光景に、押し寄せる絶望の重圧で心が潰されてしまいそうになる。
「自身の手で、これまで築き上げてきた絆を……愛する人を殺める……。それはきっと、この上なく輝かしい絶望を煌めかせてくれるでしょうね」
「そんなことには……ならない……っ」
私は残された気力を振り絞るようにして叫んだ。
「私は、みんなを信じてる! きっと私を止めて……全員が幸せになれる未来へと導いてくれる。あなたの思い通りには、絶対にさせない!」
「そうでしょうか? 例えば、彼らがあなたを打ち倒したとしましょう。……その場合、グレン殿は地獄のような絶望に囚われ、一生その罪悪感で苦しむことになるでしょうね」
「……っ!」
思わず息が止まった。
その言葉を受けた瞬間、私の中で何かがぐらりと揺らぐ。
「竜人が仲間にいるのですから、あなたの正体にはすぐに気づくはず。……災厄の魔女の正体があなただと知ってしまったら、刃を向けることができず、グレン殿はそのまま命を落としてしまうかもしれません。ふふ、その際はあなたの極上の絶望が見られますね」
「そ、それは……」
否定しようとしても、口が動かない。
彼の言葉には、残酷なほどの真実が含まれていた。
「さあ、あなたの人生の幕引きを、美しく彩ってあげましょう」
キリアン卿は、私の顔を力任せに鷲掴みにした。
それと同時に、身体を引き裂くような激痛が全身を駆け抜ける。
「私の神聖魔法の本質は、魂への干渉です。魂と肉体を強制的に切り離し、闇の魔力をもって変質させ、再び融合させる。あなたにとっては、死を迎えるのと同義ですね」
「う、く……っ」
「大丈夫ですよ、絶望の味を感じる器官だけは、消さずに残しておいてあげますから」
「——!!」
声にならない叫びが、喉の奥で弾ける。
「ああ、痛いですよね。私もよく自身の魂と肉体を作り変えるのですが……万の矢に貫かれるよりも凄絶な苦痛でしょう。それもすぐに終わります」
押し寄せる激痛とともに、私の意識は急速に遠ざかっていく。
「神聖にさえ抵抗できる、絶大な闇の魔力を宿した『災厄の魔女』。あなたのその手で、すべての希望を絶望へと叩き落としてください」
混濁していく意識の中で、最後に思い浮かべたのは、かけがえのない大切な仲間達の姿。
そして、誰よりも愛した彼の笑顔だった。
「ルナリア——ッ!」
遠くで、セフィラの叫び声が聞こえる。
闇に消えかけた意識の最奥で、一瞬だけ、純白の世界が垣間見えた。
◇
「——!」
◇
その悲痛な声を聞きながら、私の意識は、この世界から跡形もなく消え去った。




