5章-118.闇路の疾走、暴いてしまった頭領の正体
「はぁ、はぁ……ルナリア……!」
並んで王都の夜を駆ける中、繋いだままのセフィラの手が小刻みに震えているのが手のひらを通じて伝わってくる。
息を乱しながらも、彼女は懸命に私の足取りについてきていた。
「大丈夫よ、必ず……私があなたを守るから!」
彼女を安心させるように、私は平気なふりをしながら微笑んだ。
精一杯の笑顔を作ってみせたが、内心は今にも膝が崩れ落ちそうなほど恐怖していた。
(どこへ逃げればいいの……。そうだ、公爵邸にはキリアン卿が残っているはずだわ! キリアン卿と合流できさえすれば、この最悪の状況だって何とかなるかもしれない!)
一筋の希望にすがるように、私は公爵邸へと至る最短経路を頭に描いた。
大通りをそのまま進めば目につきやすい。
迷わず走っていた大通りを外れ、薄暗い路地裏へと滑り込んだ。
(それから、一刻も早くグレンたちにこの危機を知らせる方法……。……血! 吸血鬼であるアルなら、遠くからでも私の血の匂いに気づいてくれるはず!)
彼らを引き戻すための唯一の、そしてあまりにも無茶な手段が頭に浮かぶ。
私は自身の唇を強く噛み切って血を流そうと、口を大きく開けようとした。
「——!」
その瞬間、虚空から突如として溢れ出た純白の光が私の身体へと巻き付く。
セフィラと固く繋いでいた手から強引に引き離されてしまった。
抗う術もなく、私は冷たい石床へと叩きつけられる。
「神聖の……鎖……っ」
光属性の頂点に位置するその神聖の鎖は、私の内に眠る力を根こそぎ奪い去っていく。
体の奥底から急速に活力が抜けていき、全身に力が入らなくなって、身じろぎすることすらままならない。
「ルナリア——!」
衝撃に悶える私を見て、すぐさまセフィラが泣きそうな顔でこちらへと駆け寄って来ようとする。
「だめ……! 逃げて……!」
しかし、床に伏した私の必死の制止の声は、無情にも彼女には届かなかった。
セフィラのすぐ背後の空間から、不気味にうごめく白と黒の鎖が這い出ると、一瞬にして彼女の身体を絡め取った。
「う、ぐ……!」
空中から幾重にも湧き出した禍々しい鎖の締め付けによって、彼女は苦しげな声を漏らした。
最悪の事態を前にして、私は強烈な不快感を伴う気だるさに襲われ、頭の中は真っ白になっていく。
カツ——。
薄暗い路地の向こうから、硬質な靴音が規則正しく響き渡る。
神聖の鎖に縛られながらも、何とか視線だけをそちらへ向けると、そこには黒いローブをまとった男——頭領が、陽炎のように揺らめきながら近づいてくるところだった。
(どうすればいいの……。せめて、セフィラだけでも助けないと……!)
頭領は囚われたセフィラの前で歩みを止めた。
そして、ためらうことなくその手を彼女に向けて伸ばしていく。
「させ、ない……っ」
込み上げる吐き気を必死に抑え込みながら、私は神聖の力によって押さえつけられた自身の闇の魔力へと呼びかける。
(ほんの少しでもいい……お願い、こっちに注意を向けて……!)
体を蝕む痛みに耐え、かろうじて練り上げた微かな魔力を頭領の足元へと放つ。
私の必死の願いに応じるように、周囲の壁や床の影が意志を持ったかのように頭領へと襲いかかった。
「……!」
頭領は身を翻してそれを回避したものの、迫った影の先端が彼の仮面にわずかにかすめる。
カラン——。
石床の上に小気味よい音を立てて、その仮面が地面へと落ちる。
それと同時に、特徴的な群青色の髪がはらりとローブの隙間から流れ出た。
「え……あ……?」
見覚えのある、見紛うはずもない髪色。
そして、剥がれ落ちた仮面の下から覗いたのは、この凄惨な場にはおよそ似つかわしくない、いつもの柔和な笑顔だった。
「完全に闇の魔力を抑え込んだつもりだったのですが……。ルナリア殿の潜在能力は底が知れませんね」
今まさに、この危機から助けを求めようと脳裏に思い浮かべていた人物。
キリアン卿その人が、床に伏せる私に向けて、いつものように穏やかに微笑みかけていた。




