5章-117.セフィラの秘められた神聖魔法、決死の逃走
夕闇の中を進む馬車に揺られながら、私はふと、あることを思い出す。
(そういえば、セフィラの神聖魔法って、一体どんな力なのかしら……)
昨日、キリアン卿から聞いた話では、彼女はその詳細を他者に伝えることも、力そのものをこの国で行使することも許されていないという。
けれど、この物語の主人公である彼女の固有能力なのだから、本来のシナリオであればどこかで開示される場面があるはずだ。
もしかしたら、これからの物語を展開する上で、とても重要な意味を持っているのかもしれない。
私は少しだけためらいつつも、座席の向かい側に座る彼女に問いかけてみることにした。
「ねえセフィラ……。あなたの神聖魔法って、具体的にどんなものなの?」
「あー、えっと……」
やはりと言うべきか、彼女は少し困ったような、気まずそうな笑みを浮かべる。
国からの情報の開示が禁忌とされている以上、当然の反応だった。
「ごめんなさい、今の質問は忘れて。軽々しく聞いてはいけないことだったわ」
私は自分の配慮のなさを反省し、慌てて両手を振って前言を撤回しようとする。
「あ、ううん! いや、言っちゃいけないことなのは間違いないのだけど……」
セフィラは悩むように腕を組んでしばらく目を伏せていた。
やがて何かを決意したように顔を上げ、私の瞳をじっと見つめてきた。
「ルナリアになら、言ってもいいかな。もちろん、他の人には絶対に内緒でね!」
「え、そんな……。本当に大丈夫なの?」
「本当はめちゃくちゃダメなんだけどね。でも、私はルナリアのことを信じているからいいかなって。だって、大切な友達には、私のことをちゃんと知ってほしいもん」
「セフィラ……」
私はゲームの知識を利用して、彼女の秘密を暴こうとしてしまった心苦しさを感じつつも、自分に向けられた彼女の温かい友情に、胸が熱くなるのを感じていた。
「あのね、私の神聖魔法は——」
セフィラが口を開き、その能力を語ろうとした瞬間。
彼女の紡ぎかけた言葉を掻き消すようにして、馬車が激しく音を立てて急停車した。
「わ! な、何!?」
突然の激しい衝撃に体勢を崩しそうになりながらも、セフィラは慌てて馬車の窓の外へと視線を向ける。
外からは、聖騎士たちの鎧が激しくぶつかり合う音がけたたましく鳴り響いていた。
「外で何かあったの!?」
「……セフィラはここにいて。私が外を見てくるわ!」
不安げなセフィラを馬車の中に残し、私は意を決して外へと飛び出した。
しかし、そこに広がっていたのは、聖王国の誇る聖騎士団の面々があっけなく倒されていく信じがたい光景だった。
その中心に立っていたのは、見覚えのある不穏な装束を身にまとった男。
「あ……っ」
肌の一部さえ見せない漆黒のローブ、そして不気味な仮面。
かつて遭遇した、あの暗殺者集団の一味を瞬時に連想させる姿。
残った聖騎士が必死に斬りかかるものの、男はまるで遊ぶように、たった一太刀で彼らを容易く斬り伏せていく。
聖女を護衛するために選りすぐられた精鋭たちが、まるでおもちゃのように次々と地面へ崩れ落ちていった。
(頭領だわ……! まさか、グレン達がいないこちらを狙って直接来るなんて!)
圧倒的な実力差を前に、私の身体は恐怖で小刻みに震え始める。
「ルナリア……! どうしたの!?」
私の言葉を聞かず、セフィラが続いて馬車から飛び降りてきてしまった。
その姿が視界に入った瞬間、それまで聖騎士たちを蹂躙していた頭領の動きが一瞬だけ止まる。
(やっぱり、彼の狙いはセフィラなんだわ。それなら、ここに彼女を留めておくのはあまりにも危なすぎる……!)
考えるより先に、私はセフィラの白く小さな手を強くつかんでいた。
「ここは聖騎士団の皆さんに任せて、とにかく逃げましょう! 少しでも遠く……できるなら、グレン達の元へ!」
「……わかったわ。ごめんなさい、団員のみなさん……!」
彼女の手を引くようにして、私は王都の夜の街へと全力で駆け出した。
こんな最悪の事態になるのなら、出発する前にグレンたちの具体的な行き先をきちんと聞いておけばよかった。
後悔が胸の奥に湧き上がってくるけれど、今はそんなことを考えている余裕はない。
もしも頭領の狙いがセフィラだというのなら、彼女を絶対に死なせるわけにはいかない。
大切な彼女のためにも、この世界の物語の未来のためにも、そして何より私自身が生き残るためにも。
彼女が死んだら、おそらく全員の命が危ないはずだ。




