5章-116.(グレン視点)行き当たった黒幕の正体、愛する人に迫る危機
戦闘が終わり、物音ひとつしなくなった砦跡に、静寂が戻ってきた。
私はその中で、ひとつの考えが頭から離れずにいた。
「どうしたの? グレン、考え込んじゃって」
「アル、前に『大きな思い違いをしている』かもしれないと言っていただろう。私は……今、まさにそう思えてならないんだ」
「……どういうこと?」
アルの怪訝そうな声に、私は慎重に言葉を選びながら口を開く。
「頭領は、こちらの動きを見透かしたように雲隠れしている。まるで間近でこちらを見ているように……」
「まあ、王都にいるのは間違いなさそうだね。……いや、待てよ。グレン、もしかして君の考えてることって……」
アルの言葉が途切れた後、彼の目が驚きで見開かれる。
同じ答えに辿り着いたのだと、その表情を見れば分かった。
「王都……どころかもっと身近にいるのではないか。あくまで推測だが……」
言葉にしてしまえば、それはあまりにも不穏な推察だった。
アルの表情にも、どこか戸惑いの色が滲んでいる。
私はその視線を受けながら、さらに頭の中で情報を整理していく。
「頭領は、神聖魔法が使えるのだったな」
「そうだね、それは攻撃を受けた俺が保証するよ」
「神聖魔法が使えるのは、人類の中でも限られた存在だ。……エリオス、君の目から見て、神聖魔法が使えるのは誰か分かるか?」
話を振られたエリオスは、きょとんとした様子で小首をかしげた。
真剣に考えようとしているのか、金色の瞳がゆっくりと宙を泳ぐ。
「えっとね、セフィラお姉ちゃんと……多分キリアンって人!」
「いや、そりゃまあ聖王国の面々は使えるだろうさ」
アルが脱力したように肩を落とし、苦笑をこぼした。
しかし、エリオスの口にしたその言葉に、私は奇妙な引っかかりを覚える。
「エリオス、多分……というのは一体どういうことなんだ?」
エリオスの持つ竜人の瞳は、アルの本来の年齢すら瞬時に見通すほどの観察眼を備えている。
それほど桁外れな力を持つ彼が、なぜ今『多分』などという不確かな表現を使ったのだろうか。
「んっとね……キリアンと名乗っている人はね、魂の形があやふやなの。人間なのだけど、しっかり形作られていない不思議な感じがする。聖王国の人だからかな?」
その幼い言葉が耳に飛び込んできた瞬間、私の背筋に冷たい戦慄が走り、凍りついた。
「グレン、これって……」
アルの顔からいつもの余裕の笑みが消え、普段は決して見せないざわついた目が私へと向けられる。
「頭領は、私達より年上の男性だ。姿形を変えている可能性はあるが……提示された条件はあまりにも合致しすぎている」
あくまでここまでの全ては、集まった情報から導き出した推論の域を出ない話だ。
もしかしたら勘違いをしている可能性だってある。
だけれども、今この状況において最も疑わしい人物は、あの男しかいない。
「キリアン卿……彼が頭領かもしれない」
「そんな、馬鹿な……。聖王国の枢機卿だよ!? その地位につけるのは、神に認められた高潔さと、清廉潔白な身分じゃないと絶対に無理なはずだ……!」
アルは信じられないといった様子で反論してくる。
彼の言う通り、聖王国におけるその役職の重さを考えれば、今の仮説は本来なら有り得ない暴論だ。
「もちろん、人違いだという可能性は残っている。だが、先ほど現れた異形達もまた、魂が変質しているという特異な性質を持っていた。エリオスの見た違和感と、あまりにも繋がりがありすぎるんだ」
「それはそうだけど……。ともかく、直接確かめに行くしかないか。キリアン卿は今、公爵邸?」
「……公爵邸……っ」
アルが口にしたその場所に、私は弾かれたように顔を上げ、公爵邸がある方角へと視線を向けた。
公爵邸には今、ルナリアが戻っているはずだ。
もしも今の推論が真実なのだとすれば、私達が離れてしまったあの屋敷こそが、今この王都で最も危険な場所に他ならない。
「一刻も早く戻ろう! ルナリア達が危ない……!」
焦燥感に突き動かされるようにして、私が駆け出そうとした——その時だった。
私たちの行く手を正面から阻むように、周囲の闇をさらに塗り潰すほどの、底知れない暗黒の影がどこからともなく舞い降りた。
「新手か……! アル、お前だけでも先に行くんだ!」
私は女神の槍を構えながら、隣に立つアルへ声を張り上げた。
「グレン、こいつは今までの奴よりも何倍も強い。いくら何でも君らだけじゃ……!」
「アルの方が早く公爵家に行けるだろう! この異形を放っておくわけにもいかない。……頼む」
「……わかった。気をつけるんだよ」
ためらうように真紅の瞳を揺らしながら、アルが暗闇の奥底に跳躍するように消える。
吸血鬼の真祖である彼なら、私達がいるよりも早く公爵邸へ行けるはずだ。
焦る気持ちを抑えながら、私は黒の異形へと向き合った。




