5章-112.聖女セフィラの初登校、通い合う心
学園の正門をくぐると、セフィラは楽しげにあちこちを興味深そうに見回している。
「ここが学園! 人がいっぱいいるわ……!」
弾むように足を動かしながら、美しい噴水や綺麗に手入れされた植栽を見て、嬉しそうに声を弾ませていた。
その様子を微笑ましく見守りながら、私は彼女の横を歩いていく。
「セフィラは私達と同じクラスになるそうだから、これからの授業もずっと一緒に受けられるわよ」
「やった! ……あ、私が聖女だということは、周囲に内緒というわけにはいかないかしら?」
セフィラの少し困ったような言葉に、隣を歩くアルが呆れたように肩をすくめる。
「そりゃそうでしょ。今だって周囲の随所に聖王国の聖騎士団が配置されてるし……何の関係もない一般人です、というのは流石に通用しないよ」
「そうよね……。まあでも、みんなが一緒にいてくれるもの。これからよろしくね!」
「セフィラお姉ちゃん! あそこに見えるのがね、高等部の校舎なんだよ! 他にも大きな図書館とか食堂とかもあるから、あとで僕が案内してあげるね!」
エリオスが自慢げに声を張り上げて、小さな胸を張る。
普段より少し背伸びしているようなその姿が、どこかくすぐったかった。
「うふふ、ここではエリオスの方が先輩だものね。色々教えてくれると助かるわ!」
「……俺とエリオスは、まだここに来て日が浅いだろうに」
ヴィルがエリオスの方をじろっと見やる。
エリオスは気にした様子もなく胸を張ったままで、ヴィルの長身を自信満々に見上げる。
「学園の施設の場所ならもう全部覚えたもん。図書館は勉強する場所だからあまり好きじゃないけど……」
「では、昼休みになったら、学園の中をみんなで一緒に巡ろうか。ひとまずは、午前の授業だな」
グレンが穏やかに微笑みながら、柔らかくそう言い添えた。
「みんなで受ける授業……今日はどんなことを学ぶの?」
「午前は歴史と、数算術の授業になっているわ。セフィラも聖王国で座学はあったのよね?」
「もちろん! まあ、得意……ではなかったけれど、キリアン先生にめちゃくちゃ鍛えられたから大丈夫だと思うわ。歴史はさすがに、こちらの国のものだから自信がないけれどね……」
「分からないところがあれば私がサポートするわ。いつでも何でも言ってね」
エリオスが先頭に立って元気よく進む後ろを、私達はゆったりとついていった。
あちこちから聞こえてくる生徒たちのざわめきが、学園の朝らしい活気を運んでくる。
そうして賑やかな笑い声とともに、私達は教室へと入っていった。
午前の授業がすべて終わり、お昼休憩を告げる鐘が鳴り響いた。
にぎやかな食堂で食事を終えたセフィラは、少し疲れたような様子で机に突っ伏した。
「む、難しかったわ……。やっぱりこの国の歴史が一番の難関ね……」
「今日のところは仕方がないわ。帰ったら一緒に予習をしましょう。でも、数算術はさすがね。難しい問題もすらすら解けていたわ」
「そこは聖王国と共通しているところが多かったから……。うん、でも授業自体はとっても楽しいわ。みんなと一緒なら、勉強も全然苦じゃない!」
セフィラはぱっと起き上がり、食後の紅茶を飲みながら嬉しそうに微笑む。
「勉強が楽しい、か。エリオスも見習って、歴史の勉強をもっとがんばりなよ」
アルが隣に座っていたエリオスの頭をぽんと優しく叩く。
エリオスはしょんぼりと肩を落とし、子犬のように眉尻を下げた。
「うぅ、僕はやっぱり歴史だけは苦手なんだもん……」
「……そういえばエリオスって、明らかに私たちよりずいぶん年下よね。どうして高等部に通っているのかしら? 竜人だから?」
不思議そうに小首を傾げるセフィラに、エリオスは得意げに目を輝かせた。
「僕、歴史以外なら何でも勉強できるよ! 魔法だって得意なんだから!」
「……エリオスは、この学園でも特例中の特例という扱いだからね。この国の歴史を除けば、むしろこの場にいる誰よりも博識と言えるだろう」
「へえ……そうなのね」
グレンが口元に薄い笑みを浮かべながら、どこか含みを持たせるように言う。
セフィラは彼のその様子から何かを察したのか、エリオスの素性についてはそれ以上追及することはしなかった。
「そういえば、ヴィルも一応聖王国出身なんだよね?」
話に混ざらず沈黙していたヴィルに、アルが不意にそんな問いかけを投げかける。
ヴィルの肩が、かすかにぴくりと揺れる。
「え! ヴィルは私と同郷だったの!」
「……余計なことを。俺は聖王国に、幼い頃までしかいなかった」
ヴィルはひどく煙たそうに、苦々しく顔をしかめてアルをにらみつける。
だが、セフィラはそんな彼の態度を気にする風もなく、嬉しそうに身を乗り出した。
「なんだかヴィルに親近感が湧いたわ。同じ生まれのよしみとして、これからもっと仲良くしてね!」
「……俺は聖王国で忌み嫌われている闇属性の持ち主だ。聖女であるお前と関わること自体、あちらの国が許さないだろう」
ヴィルはセフィラに冷たい視線を向け、突き放すように顔を背けた。
しかしセフィラは、彼のそんな複雑な事情を聞かされても、その温かな笑顔を崩すことはなかった。
「そんなこと関係ないわ。キリアン先生が以前教えてくれたの。闇の力を悪用した人が悪いのであって、その力を持っている人自身が悪者なわけじゃないって。私は、ヴィルの優しさを信じてるわ!」
「……ふん……」
セフィラの一切の偏見のない言葉に、ヴィルはほんの一瞬だけ虚をつかれたように動きを止める。
その横顔に怒りの色はなく、二人の間に流れる空気は険悪とは程遠いものだった。
(ヴィルの聖女嫌いは、セフィラのこの明るさのおかげですっかり払拭されたようね)
私は心の中でほっと胸をなでおろしながら、二人の微笑ましいやりとりを優しく見守った。
和やかな空気が流れたところで、アルがそっと椅子から立ち上がる。
「それじゃ、約束通り学園内を案内しようか。エリオス、出番だよ」
「うん! それじゃまずは校庭に行こう! 訓練場とかもいっぱいあってね……」
エリオスの元気な先導に導かれながら、私達はにぎやかに学園の中を巡っていった。
私はその賑やかな背中を追いながら、小さく微笑んだ。




