5章-113.茜色に染まるグレンの抱擁、馬車の中の秘密の会話
午後の授業をすべて終えると、空はすっかり綺麗な夕暮れ色に染まりつつあった。
セフィラは両腕を天井へと伸ばしながら、満足げに小さく息を吐く。
「はあ……疲れたけれど、なんだかとても心地良い感じ。こんなふうに充実した気分になるのは初めてだわ」
「セフィラが楽しんでくれたのなら、私達も歓迎したかいがあったわ」
学園の正門をくぐると、そこにはあらかじめ手配されていた、聖王国の美しい紋章がついた馬車が用意されていた。
それを取り囲むように、鎧をまとった聖騎士団の護衛も控えている。
「ルナリア、少しいいだろうか」
それまで並んで歩いていたグレンが、いつもの穏やかな微笑みを絶やさずに、私のそばへと歩み寄ってくる。
「どうしたの?」
「この後、皆で少し例の頭領のことを調べようと思っているんだ。君は先に、公爵邸へ帰っていてもらえるだろうか?」
「え……私も何か手伝ったほうが……」
「いや、君は聖女セフィラ様と一緒にいてくれ。彼女のそばに、誰か信頼できる人がついていたほうが良いだろう」
「それもそうね……。みんなもどうか気をつけてね」
私は少しだけ力になれない残念な気持ちを隠しつつ、グレンのことを心配する思いを込めて見上げる。
その瞬間、彼と目が合った。
するとグレンは、まだ周囲に他の生徒たちが大勢いるのもはばからずに、不意に私をその胸へと抱き寄せた。
「……っ!?」
「本当は、君の近くにいたいのだが……。こちらから仕掛けられる好機かもしれないんだ。すべてが終わったら、今後は決して君から離れないと約束する。だから待っていてくれ、ルナリア」
「は、はい……」
耳元で囁かれる彼の熱い言葉。
少し離れたところから聞こえてきたセフィラの「きゃー!」という楽しげな声。
それを聞きながら、私の頬は夕日の赤さにも負けないほどの熱を帯びていく。
「はいはい。お熱いところ申し訳ないんだけど、そろそろ行かない? 聖騎士団の皆さんも、君らの熱々っぷりに視線をさまよわせちゃってるし」
アルがグレンの肩をぽんと叩き、少し呆れたように笑っている。
「そうだな。では行ってくる、ルナリア」
「ママ! すぐに帰ってくるから、一緒に今日も寝ようね!」
エリオスが元気に手を振ると、隣にいたヴィルがその首根っこを軽く引っ張った。
「……すぐに帰れるかは分からない。さっさと行くぞ」
みんなは馬車に乗り込む私たちを、それぞれ温かく見送ってくれた。
馬車に乗り込むと、先に座席へ腰掛けていたセフィラが、なぜか両手を頬に当ててぷるぷる震えている。
「はああー! あれが本物の恋人同士のやり取りなのね! 見ているこっちまで胸がドキドキしちゃったわ!」
「ご、ごめんなさい……。最近のグレン、何だかすごく積極的で……」
「いいことじゃない! ……帰ったら私もキリアン先生に何かアプローチしてみようかしら」
「……例えば、どんなことをするの?」
「なんだろう……。ルナリア、恋の先輩として何か教えて!」
「私!? 私もグレンが初めて好きになった人だから、そんな経験なんて全然ないわ……!」
「うーん。じゃあ、グレンにされて一番嬉しかったことは何かしら?」
「嬉しいこと……?」
セフィラに尋ねられて、私の脳裏に真っ先に思い浮かんだのは——昨夜、廊下で彼がくれたあの熱い口づけだった。
不意にそれを思い出してしまい、止められないほど勢いよく赤面してしまう。
「えー、ルナリア。今、一体何を思い浮かべたの?」
「ち、ちがうの……! ええと、その、抱きしめるとかどうかしら……?」
「いいわね、それ。それならいきなりでも不自然じゃなさそうだし……よし、ちょっと体当たりしてくるわ!」
「ふふ、勢いあまってキリアン卿を突き飛ばさないようにね」
私たちは夕日に染まる馬車の中で、にぎやかに会話に花を咲かせる。
けれどその笑い声の裏で、運命はすでに静かに動き始めていた。
この夜が穏やかに終わらないことを、私達の誰一人として知る由もなかった。




