5章-111.光の魔法具、グレンに託す望み
朝の清涼な日差しが廊下に心地よく差し込む中。
私が食堂に向かおうとしたとき、背後から柔らかな声がかけられた。
「ルナリア殿。今、少々よろしいですか?」
振り返るとそこには、いつも通りの柔和な笑みをたたえたキリアン卿が、こちらへと歩み寄ってくるところだった。
「あ……キリアン卿、おはようございます」
「昨日依頼されていた光の魔法具をお作りしましたので、先にお渡ししておきますね」
「え!? もう、お作りいただいたのですか……?」
あまりにも早すぎる手際に、私は思わず驚きの声を上げてしまう。
キリアン卿の顔をよく見ると、その目元には少しクマができているようで、眠そうな表情を浮かべながらも優しく微笑んでいた。
「ええ、お急ぎのご様子でしたからね。まあ……その代わりに少し、処理すべき書類は横にどかしてしまいましたが」
「そんな、申し訳ありません……。でも、本当にとても助かります!」
私の言葉にキリアン卿は、嬉しそうに笑みを浮かべる。
そして手元から、布に包まれた綺麗な白い宝石を取り出して私へと手渡してくれた。
「持ち運びがしやすいよう、宝珠の形に仕立てました。ご使用時は肌に直接接するように身につけると良いでしょう。ですが、どうぞ無理のないように。それでは、また後ほど」
キリアン卿の少し疲れた後ろ姿を見送りながら、私は手のひらに乗った魔法具を見つめた。
とても清らかな光をたたえている美しい宝石。
けれど、まだ布越しに触れているだけだというのに、すでにどこか身体が重だるくなるような感触が伝わってくる。
(……これでひとつ、最悪の未来に対する備えができたわ)
手の中の宝珠を見つめながら、少しでも自身の破滅を回避するための行動を起こせたことに、私はほっと胸をなでおろした。
「ルナリア、おはよう。もう部屋を出ていたんだな」
再び通路の先から声をかけられ視線を上げると、こちらに向かって歩いてくるグレンの姿があった。
彼は私に挨拶をしながらも、私の手元にある白い宝珠へとすぐに目を留めた。
「それは……昨夜言っていた、光の魔法具だろうか?」
グレンは少しだけ心配そうな表情を浮かべながら、その魔法具をじっと見つめている。
私の体の負担のことを聞いていた彼だからこそ、複雑な思いがあるのだろう。
「うん、そうなの……。ねえグレン、これを、あなたに持っていてほしいの」
「……私に……?」
グレンは驚きで何度か目を瞬かせた。
彼は少し戸惑ったように、私の顔と手元の宝珠を交互に見つめている。
「ええ。多分、私がそのまま持っているよりも、あなたがこれを持っていたほうがいいと思うの」
もし、万が一にでも私が何かしらの化け物へと姿を変えて暴走してしまうようなことがあったら。
彼がこの力を手元に持っていてくれたほうが、きっと私を効果的に抑制できるはずだ。
グレンは私の持つ光の魔法具にしばらく視線を落としていたが、やがて覚悟を決めたように一つ息を吐いた。
「君の真の意図は私には分からないけれど……。分かった、それは私が大切に持っておこう」
彼はそっと私の手に触れながら、その白い宝珠を優しく受け取ったてくれる。
受け取った白い宝珠をグレンが自身の胸元へと大切に収めた後、私達は再び並んで食堂への歩みを進めた。
朝の澄んだ空気が廊下を満たす中、グレンが窓へと視線を向けながら口を開く。
「今日から、聖女セフィラ様が学園に通うのだったな」
「ええ、みんなと一緒に学園へ通えるのを、セフィラも本当に楽しみにしていたわ」
「……頭領のことは気になるがな……」
昨夜の街での遭遇事件、そしてキリアン卿から聞いた不穏な伝承が頭をよぎっているのだろう。
グレンは少し憂慮するように、その美しく整った顔をしかめる。
「そうね……。でも、今日だけはセフィラのためにも、余計な心配をせずに一緒に行ってあげられないかしら?」
「ああ、そうだな。聖王国の聖騎士団による護衛もある。人目の多い学園の敷地にいる間は、いくらあの頭領といえども、そう簡単には手を出しづらいだろう」
グレンはまだ眉間にわずかに皺を寄せていたが、私の言葉を受け止めると、ゆっくりとうなずいた。




