5章-109.悪役令嬢の覚悟、苦渋に満ちたグレンの信頼
会話が一段落し、少し落ち着いたタイミングを見計らって、私はキリアン卿の前へ一歩踏み出した。
「あの、私からも、もうひとつだけお聞きしたいことがあるのですが……」
「ルナリア殿。私に答えられるようなことであれば、何なりとお聞きくださいね」
キリアン卿は先ほどの真剣な表情から一転して、いつものように柔らかな物腰で微笑みかけてくれる。
「光の魔力には、闇の魔力を優しく抑え込む特性があるのですよね? ……それを上手に応用した、闇の力を制御するための魔法具のようなものは作れないでしょうか?」
「……光の魔法具、ですか。差し支えなければ、その理由をお聞きしてもよろしいですか?」
キリアン卿の気品ある青の瞳。
それが、見定めるように私の顔をじっと見つめる。
「私の体に宿る闇の魔力は……いつか周囲を巻き込むような、とても危険な可能性を孕んでいます。だから、そのリスクを今のうちに少しでも抑え込んでおきたいのです」
「なるほど。ですがルナリア殿、魔力というのは体に流れる血と同様のものです。それを無理に押さえつければ、まともに動くことすらできなくなりますよ。それに、魔力のない身体というのは、戦場に裸身で立つようなもの。私としては、決しておすすめはしません」
「そこをなんとか……ダメでしょうか……?」
私がすがるように見上げると、キリアン卿は困ったように小さく息を吐いた。
「闇の魔力を強引に抑えつける魔法具自体は、この私であればすぐにでも作ることができます。ですが、それはあなたにとってあまりにもリスクが高すぎる、というお話をしているのですよ」
「大丈夫です。私の体がどうなっても構いません。ですからどうか……その魔法具の作成をお願いできませんか?」
私の並々ならぬ覚悟を宿した視線を受け、キリアン卿はどうすべきか迷う素振りを見せる。
すぐ隣に立っていたグレンも、たまらなく心配そうな様子で私へと視線を向けてきた。
「ルナリア……。君の考えを頭ごなしに否定したくはないが、私は反対だ。万が一、君の身に何かあっては……」
「でも、少しでも自分にできることはしたいの。お願い、私を信じて」
私は彼の手を握り、強い願いをその瞳にこめて見つめた。
私と彼らの未来のために、自分の力で一歩を踏み出したいのだという想いを込めて。
「……君にそんな瞳で見つめられたら、私はもう、何も言えなくなってしまう。わかった……だが、決して無理をしないでくれ」
グレンは諦めたように息を吐き出すと、言葉を飲み込むように唇を結ぶ。
苦渋の判断をするように、その瞳の奥を複雑に揺らした。
「お話を割って入るようで恐縮ですが……何かあったのですか? お二人の様子は、まるで何か大いなる力に立ち向かっているかのように感じられます」
私達の張り詰めた空気を察したキリアン卿の言葉に、私とグレンは思わず顔を見合わせる。
グレンは小さくうなずくと、一拍置いてから口を開いた。
「……実は、先刻、王都の街の中で暗殺者組織の頭領……その手先に襲われました」
「それは……聖女セフィラを護るうえでも、非常に重要な情報ですね」
キリアン卿は思考を巡らせるように、口元にそっと手を当てた。
「あの、キリアン卿……。普通の少女が巨大な化け物となる。そのような不可解な現象について、何かご存じないでしょうか?」
私が尋ねると、キリアン卿は記憶を辿るように視線を落とし、しばらく沈黙してから口を開いた。
「残念ながら、聖王国の記録にはそのような変質をもたらす術式は伝わっていません。ですが、古いおとぎ話の中で、少し似たような記述を聞いたことがあります」
「おとぎ話ですか……?」
「どの国にも広く伝わっている有名な物語ですが。災厄の魔女……そして、それと戦う聖女と勇者たちの神話ですよ」
その一言に、私は胸を突かれたように息を呑んだ。
かつてエリオスに読み聞かせた、あの絵本の光景が頭の中に蘇る。
「国によって伝わり方はさまざまですが、歴史の随所で、災厄をもたらす強力な女性の魔法使いが出現する史実が元になっています。それらは一様に……おぞましい異形の姿として描かれているのですよ」
グレンも何かを思い当たったように、キリアン卿の言葉に問いを重ねる。
「つまり、私達が遭遇した手先は、その災厄の魔女ということですか?」
「いえ……これは私の持つ知識の中で、少し心当たりがあるものを口にしてみただけです。もしかしたら、全く別の存在かもしれません。あくまで一つの仮説というだけで、あまり信じすぎないでくださいね」
キリアン卿は、申し訳なさそうに薄く微笑んだ。
あくまで一つの仮説に過ぎない。
けれど、私にとっては前世の記憶と、この世界の不穏な現実という、これまでバラバラだった点と点がつながる瞬間に思えてならなかった。
「ありがとうございます、キリアン卿。おかげで、多くの情報を知ることができました」
グレンがキリアン卿へ心からの感謝を表すように、進み出て頭を下げた。
彼のその礼儀正しい動作を見て、私も慌てて同じように腰を折る。
「お役に立てたのなら何よりです。ルナリア殿、ご所望の光の魔法具は、お作りできたらすぐにお渡ししに行きますね」
「お忙しいところ、色々と無理を言ってしまい申し訳ありません。どうぞよろしくお願いいたします……!」
「若者の悩みを聞き届けるのも、年長者である私の役目です。どうか、お気になさらずに」
キリアン卿は、私達を優しく見守るように目を細めた。




