5章-107.脳裏をよぎる仮説、キリアン卿の部屋へ
広大な公爵邸に美しい月夜が降りる頃。
私はセフィラ達との賑やかな夕食を終えて、エリオスと一緒に自分の部屋へと戻ろうとしていた。
その時、静かな廊下に私の心を落ち着かせる、凛とした声が響き渡った。
「ルナリア! エリオス!」
「パパ! おかえりなさい!」
エリオスが嬉しそうに声をあげて駆け出す。
私も歩調を速めて彼の姿へと向かった。
「グレン……今帰ってきたの?」
「ああ……。ルナリア、私がいない間、こちらは特に問題はなかったか?」
「ええ、私たちは大丈夫よ。それより……何か、あったの?」
彼の無事な姿に安堵したのも束の間、私はグレンの様子に違和感を覚えた。
見れば、彼の衣服はあちこちが少し汚れて、乱れた形跡を残していたからだ。
「……そうだな、ルナリア達にはあらかじめ情報を共有しておこう。先ほど、アルとヴィルと共に王都の街の中を調査していた。その最中に頭領の手駒らしき存在と遭遇し、そのまま交戦になったんだ」
「……っ、グレン、それにみんなは大丈夫だったの!?」
「ああ、無事に撃退することはできたが……またすぐに別の新手がこちらを狙ってくるかもしれない。ルナリアとエリオスも、これからは十分に気をつけてほしい」
新たな大きな事件の発生。
これからの未来、シナリオと無関係だとは到底思えなかった。
「ねえ、もっと詳しく聞かせて。一体、どんな敵だったの?」
少し身を乗り出して詳細を求める私の様子に、グレンは不思議そうな表情を浮かべながらも、街での出来事を隠さずに話してくれた。
「最初は、ごく普通の少女の姿をしていて、私達とも言葉を交わしたんだ。頭領のことを『お父様』と呼び、狂信的なまでに慕っているようだった。だが、しばらくすると……建物ほどもある赤黒い獣のような異形に変質して、こちらに襲いかかってきた」
「異形……」
「まだ分からないことが多すぎる。だからこれからは学園の行き帰り以外、なるべく公爵邸の敷地内にいてほしい。その方が安全だ」
「ねえパパ、僕もお手伝いする?」
エリオスが小さな手をあげてグレンを見上げる。
「……本当は、ルナリアのそばにいて彼女を守ってほしいのだが、あの頭領が相手となれば、近いうちに君の竜人としての力や知識を借りることになるかもしれない。エリオスも、そのことを頭の片隅に留めておいてくれ」
「わかった! 僕も一生懸命がんばるね!」
頼もしく胸を張るエリオスとグレンの会話を耳にしながら、私の思考は別のところへと広がっていた。
さっきまで普通の人間、それも少女の姿をしていた者が、突如として巨大な異形へと姿を変える。
グレンから告げられたその詳細が、冷たい違和感として引っかかっていたのだった。
(人間が化け物となる……。もしかして、私自身が凶悪な化け物の姿へと変貌することも可能なんじゃ……)
原作ゲームの終盤で待ち受ける、悪役令嬢としての私の最悪な末路。
——これかもしれない。
まだ確証のない推測の域を出ない。
けれど、もしこれが物語の最終局面に繋がる真実だと仮定したなら、それほど大きく的を外してはいない気がした。
自分の破滅の輪郭がうっすらと見えた気がして、私の手が小さく震える。
「キリアン枢機卿は、もうお休みだろうか?」
ふと思い出したように、隣に立つグレンがキリアン卿について口にした。
「先ほどセフィラと一緒に、案内されたお部屋へと向かったばかりだから、まだ寝てはいないと思うわ。急にどうしたの?」
「そうか。女神の槍……神聖魔法についてお聞きしようと思っているんだ」
「なら、私も一緒に行くわ。私も、キリアン卿に聞いてみたいことがあるから……。エリオス、先に自分のお部屋に戻っててくれる?」
「僕は一緒じゃダメなの……?」
エリオスが少しだけ寂しそうに首を傾げる。
「もう夜も遅い時間だからね。お話が終わったら、後でちゃんと一緒に寝ましょう?」
「うん、わかった!」
素直に頷いてトコトコと歩いていくエリオスの後ろ姿を優しく見送る。
私とグレンは、お互いに顔を見合わせてキリアン卿の元へと向かった。




