5章-103.(グレン視点)日常の裏側での調査、現れた頭領の使い
うららかな昼下がり。
肌を心地よく撫でる風と陽気とは裏腹に、私の心は張り詰めていた。
「今日も特に、怪しい気配は見当たらないな……」
賑わう街中を歩きながら、私は周囲の様子に細心の注意を払う。
どこかに不審な影がないか、常に警戒を続けていた。
「お、グレン。そっちの調子はどう?」
「アルか。……相変わらず、これといった手がかりはないな」
学園の休みの日を中心として、私達はこうして王都の街の中を秘密裏に調査していた。
すべては、あの不穏な頭領という存在を突き止めるためだ。
「やっぱり、もう王都には潜伏していないのかもしれないな」
「あの暗殺組織自体はすでに壊滅したわけだし、別の国でひっそり組織を建て直し中とか? もしそうなら、俺たちが連日こうして調査しているのも無駄足かもね。少し視点を変えた方がいいかもしれないよ」
「視点、か……」
アルの言葉を、頭の中で繰り返す。
もしその推察が当たっているなら、これまでの調査そのものが的外れだったことになる。
その可能性に、かすかな焦りが胸をかすめた。
「こういう時はさ、何か重要なことを見落としているか、最初から大きな思い違いをしていることも多いものだよ。事件の経緯を、もう一度最初から洗い直してみた方がいいかもね」
「……国全体を巻き込みかけたあの吸血鬼騒動。そして、エリオスを狙った暗殺未遂は、元を正せば竜人国の内部反発が原因だったな。どれも国政の根幹に関わる部分ばかりだ。目的は国家に関わることか……?」
アルが、たしなめるように指を一本立てて振ってみせる。
「グレン、考えすぎて視野を狭くしてしまうのもダメだよ。まあ、俺たちにとって一番いいのは、このままあの頭領が綺麗にフェードアウトして、二度と俺達の目の前に現れないことなのだけどね」
「そうだな。……そうなってくれれば、これ以上のことはない」
「……あの頭領という男が、そんな甘い結末を選ぶはずがないだろう」
背後からの言葉に振り返ると、ヴィルがいつの間にか私たちのすぐ近くまで歩み寄ってきていた。
「あ、ヴィル。その顔を見るに、そっちも収穫はなし?」
ヴィルが苦々しげに顔をしかめ、小さく舌打ちする。
「ああ。この王都の裏社会や、潜伏しそうな場所はくまなく調べ尽くしたが、頭領の姿を見たという人物すら一人もいなかった」
「……ヴィル、改めて聞くが、あの吸血鬼騒動に君は何か関わってはいなかったのか?」
「あの件に組織は一切絡んでいない。おそらく、頭領が自分自身の目的のために、独自に動いたのだろう」
ヴィルの表情に隠しきれない憎しみが滲んでいる。
影も形もなく、姿さえ思い描けない黒幕。
考えるだけで、知らずのうちにため息がこぼれそうになる。
「吸血鬼の封印を呼び覚ます邪悪な技術、エリオスを容易に暗殺したほどの高い戦闘力……。その上、光と闇の相反する魔力を同時に操る男か。考えれば考えるほど、頭領という存在の底知れなさが浮き彫りになるな」
「俺達にとっては迷惑極まりない存在だよ。さて、グレン。今日は確か、聖王国からの客人が公爵邸に到着する日だろう? 君は先に公爵邸へ帰ってなよ。この後の調査は、俺とヴィルとで引き受けておくからさ」
アルの言葉で、聖女セフィラの姿が脳裏をよぎる。
同じ年頃の彼女を気にかけてやってほしいと、父上から直々に頼まれていた。
ルナリアに妙な誤解をされたくはないし、できるなら顔を合わせる機会も減らしたい。
とはいえ、隣国からの大切な客人となれば無視もできない。
「そうだな。……すまないが、言葉に甘えさせてもらうよ」
「——ねえお兄さん達、今お時間ある?」
年幼い少女の声が、私たちの真後ろから降ってきた。
私達は弾かれたように勢いよく振り返る。
そこには、いつの間にか赤黒い不気味なローブを身にまとった一人の少女が、平然と佇んでいた。
「グレン、ヴィル、気をつけろ。こいつ、気配を出していなかったよ。この俺ですら、ここまで至近距離に近づかれるまで気づけなかった」
「わかっている。それに、この不自然なほど徹底的に気配を消し去る技術には、見覚えがあるな」
「……暗殺組織の頭領、その関係者か」
私は即座に動けるように身体の構えを整えながら、目の前の赤黒いローブの少女を見つめた。
私たちの間に張り詰めた空気や、警戒の気配を前にしてもなお、少女は怯む様子を見せず、ただその口元を面白げに歪ませる。
「ねえ、一緒に遊ぼうよ。ほら、こっちだよ」
少女は陽炎のようにゆらゆらと揺らめきながら、すぐそばにある薄暗い通路の闇へと吸い込まれるように消えていった。
「追うか?」
ヴィルが即座に足を進めようとする。
「まあ……どう見ても罠だろうけどね。でも、せっかく手詰まりだったところに、あっちからわざわざ姿を現してくれたわけだしさ。ここはお誘いに乗るしかないかな」
「お前らが行かなくても、俺だけでも行く」
「……いや、私達も行こう。あの頭領に繋がる、またとない貴重な手がかりになるかもしれない」
私はいつでも迎撃できるよう、白く輝く女神の槍を右手に構え、暗い通路へと歩みを進めた。




