5章-104.主人公の素質、一段階上にある闇の魔力の安定
先頭を歩くフィン公爵達の少し後ろを進みながら、セフィラが私にだけ聞こえるような小さな声で話しかけてきた。
「それで……グレンとは、あれから何か進展はあったの? 」
「ええっと……実は、正式に婚約することになって……」
言い終わる前に、セフィラが黄色い声を上げた。
その目が、楽しそうにきらきらと輝いている。
「やっぱり! ねえねえ、他には?」
「え? 」
「例えば……手を繋いだり、内緒のデートをしたり……。あるいは、そ、その……き、キスとかは!?」
「え!」
最後のあまりにも直球な言葉に、私は一目でわかるほど動揺してしまった。
数日前の馬車の中での甘い熱が唇をよぎり、みるみるうちに顔が火照っていく。
「なるほど……うん、わざわざ言葉にしてもらわなくても、その反応でよく分かったわ。私がいない間に、そんなにどんどん仲良くなっちゃって羨ましいわ……!」
「そ、そういうセフィラこそ……今回はその……隣室でしょう? 仲を深める、これ以上ない絶好のチャンスなんじゃないかしら?」
「そうなのよね。この貴重な機会を逃したら、もう次はないような気がするの。……私、全力でがんばるわ!」
セフィラは自分の胸の前で、小さな拳をきゅっと作る。
微笑ましい彼女の様子を応援したいと思いつつも、私の前世の記憶がふと警鐘を鳴らす。
やはり少しおかしい。
私の知るこのゲームにおいて、キリアン卿は攻略対象のキャラクターには含まれていなかったはずだ。
セフィラのこの一途な恋は、もしかしたら元々の設定では決して届かない悲恋のシナリオなのかもしれない。
それとも彼は、パッケージには描かれていない隠しキャラクターのような存在なのだろうか。
「セフィラ、それじゃあ私の部屋はあちらだから。お互いに荷物の整理が終わったら、一緒に夕食をとりましょうね」
「ええ、また後でね!」
パタパタと元気に手を振って、セフィラは自分の部屋の方向へ歩いて行った。
「お姉ちゃん、ママとすっごく仲良しだね! 僕ももっともっと仲良くなりたいなあ」
「ふふ、エリオスならきっと、誰とでもすぐに仲良くなれるわよ」
エリオスの柔らかな髪を撫でながら、私はこれまでの出来事を思い返す。
そういえば、エリオスは最初からセフィラにとても懐いていた。
あの気難しいヴィルも、口では聖女嫌いだと言いつつも、彼女に対してそこまで険悪な態度を見せているわけではない。
(これが、ゲームの主人公として彼女が生まれ持つ特別な素質なのかな……。いや、きっとそんなシステム上の理由だけではないわね)
彼女が周囲を自然と照らす、あの陽だまりのような温かな明るさ。
それにみんなが惹きつけられているのだろう。
「ねえママ、今日もパパたちはいないの?」
「そうみたいね。最近、よくあの三人で一緒にどこかへ出かけているようだけど……」
特に学園の休みの日になると、グレン、アル、ヴィルの三人は頻繁に連れ立って外出している。
一体、私に隠れて何の用事があるのだろうか。
少しだけ不思議に思いつつも、私は自分の思考を切り替えた。
「私も、ただ守られているだけじゃなくて、今できる限りのことはやっておかないとね……」
みんなが生き残る幸せな未来のなかに、今度は自分も一緒に加わるために。
私は隣でスキップしながら歩く、竜人の叡智を持ったエリオスに目を向けた。
「ねえエリオス、自分の闇の魔力をより安定させるためには、一体どうしたらいいかしら?」
「え? ママは今のままでも十分に安定してるよ! 闇属性の力はね、心がたくさん幸せだと感じていると、魔力が安定しやすいんだよ」
「幸せ……。うん、そうね……。グレン達のおかげで、今はとても幸せだわ」
「もっともっと、力を安定させたいの?」
「ええ、そうよ。何かの拍子に、この力のせいで誰かを傷つけてしまうのだけは絶対に嫌だから」
「うーん……それなら、光属性の特別な魔法具を身につけるとかかなあ……?」
「魔法具……」
「闇の力を抑え込めるのは、やっぱり対になる光の力だもん。だけど光の魔法具を作るには、すごく難しい制御の技術が必要になるの。お姉ちゃん達に詳しく聞いてみるといいと思うよ!」
「確かに、聖王国なら光属性の最先端技術を持っているかもしれないわね。あとでキリアン卿に少し相談してみましょうか」
私は頼もしい小さなエリオスの手を優しく引きながら、自身の破滅を回避し、最上の未来を掴み取るための次なる一手を、着々と積み重ねていくのだった。




