5章-101.婚約していなかった場合の晩餐会、完璧なリード(★)
いよいよ晩餐会から舞踏会の時間へと移り変わると、会場の各所でドレスや礼装に身を包んだ男女の華やかな会話がいっそう盛んになっていた。
「そういえば、この夜会は婚約者がいる人にとっての大切なお披露目の場となるのよね」
「そうだな。だが全員がそうというわけではない。まだ特定の相手がいない人たちは、これを絶好の機会として、将来の婚約者を見つけるための交流をすることが多いんだ」
「え……じゃあ、もし私が卒業のあの時に、グレンに婚約の返事をしていなかったら……」
「……間違いなく、私も今夜、多くの異性からアプローチを受けていただろう」
「だから、卒業のタイミングまでに返事がほしいと言っていたのね」
私が合点がいってつぶやくと、グレンは少し困ったように眉を下げてうなずいた。
「ああ、そうなんだ。もちろん私としては君以外と婚約するつもりなど毛頭なかったけれど、公爵家としての立場や父上の手前、他家からの声をあまり無下に扱うことも難しかっただろうからね」
今日のグレンの姿を見れば、多くの女性からアタックされるのは簡単に想像できた。
女性に囲まれるグレンを想像すると、少しだけ心がモヤモヤする。
「返事をずっと待たせてしまっていた私が言うのも身勝手なんだけど……正式に婚約して本当によかった。もし、あなたが他の女性達に微笑む姿を見たら、私はきっと……嫉妬してしまっていたと思うから……」
「ルナリア……」
グレンは驚いたように少しだけ目を見張った後、なぜかとても嬉しそうに目元を和ませて笑った。
「グレン?」
「すまない。君にそんな風に言わせておいて悪いのだが……私に対して嫉妬してくれるルナリアを想像したら、それほどまでに私のことを深く想ってくれていたのだと感じられて、少し嬉しくなってしまったんだ」
「え、そ、そうなの……?」
「ああ。どうかこんなことを思う私を許してくれ。……さあ、曲が始まる。そろそろ行こうか」
グレンは、華やかな光と多くの人々が集まり始めたダンスホールの中心へと、私を流れるようにエスコートしてくれた。
これから始まる時間に少しだけ身を硬くしながら、繋いだ手の温もりを頼りに、隣に立つ彼をそっと見上げる。
「ちゃんと練習はしたけれど……あなたの靴を踏んでしまったらごめんなさい……」
「ルナリアにならいくらでも踏まれてかまわないよ。君は何も心配せず、ただ私のリードに身を任せて、思うように動いてくれればそれだけで大丈夫だ」
やがてオーケストラによる美しい演奏が始まると、グレンは私の腰に優しく手を添え、まるで氷の上を滑るかのように最初のステップを踏み出した。
彼の大きな体にそっと導かれるようで、驚くほどに身体が軽く、とても踊りやすい。
私の動きに完璧に合わせてくれる、細かいところまで行き届いた彼の細やかな気遣いが、指先や視線の一つひとつから伝わってくる。
私は周囲の視線や緊張などいつの間にか忘れてしまい、彼がもたらしてくれるときめきで甘く痺れていった。




