第九話 第二の事件、今度は貴族の横領疑惑です
新しい案件の概要を聞いたのは、翌朝の調査局だった。
会議室に入ると、アルドが地図を広げていた。王都と、その周辺の貴族領を示したものだ。
「座ってくれ」
「はい」
「今回の件を説明する」
アルドが言葉を選ぶように間を置いた。
「バルセン子爵という人物がいる。王都の南に領地を持つ、中規模の貴族だ。先日の件。フォルセ子爵の書類に、バルセン子爵との取引記録が複数含まれていた」
「存じています。先日の書類で確認しました」
「その取引記録の一部に、架空取引の疑いが出ている。金額の規模を見ると、かなりの額が動いている可能性がある」
「横領疑惑、ということですか」
「そうなる。問題は、バルセン子爵が現在、王都の復興支援事業に関わっていることだ。公金が絡んでいる」
私は少し考えた。
(公金横領なら、単純な民事事件ではない)
「規模によっては、刑事事件になりますね」
「なる可能性が高い。だから、慎重に証拠を固める必要がある」
「私にできることは何でしょうか」
「書類の分析と記録を引き続き頼みたい。それと。今回は現場への同行が増える。問題ないか」
「問題ありません」
「危険な可能性もある。この件は、単純な書類上の問題ではないかもしれない」
「その点は承知しました」
アルドが地図から目を上げた。
「怖くないか」
意外な質問だった。
「怖いかどうかは、やってみないとわかりません」
私が答えると、アルドが少し黙った。それから、小さく「そうだな」と言った。
この日から、私とアルドはバディとして動くことが増えた。
午前中は書類の分析、午後は現場の確認。というパターンが続いた。
アルドと一緒に動いていると、気づくことがある。
彼は無口で感情を表に出さないが、細かい気遣いをする人だった。
移動の馬車では必ず日当たりのいい席を私に譲った。長い立ち仕事の後には「座ってくれ」と椅子を示した。昼食が遅くなると、部下に命じて軽食を手配させた。
本人は何も言わない。理由も説明しない。ただ、そういう行動をする。
(気を遣っているのに、気を遣っていることを絶対に言わない)
前世でも似たようなタイプに会ったことがある。照れているわけでも、自覚がないわけでもない。ただ、言葉にすることが難しいだけだ。
「アルド調査官はお昼を召し上がらないのですか」
三日目の午後、私が聞いた。
彼が手を止めて私を見た。
「なぜ」
「いつも私が食べている間、書類を見ていらっしゃるので」
「仕事が詰まっている」
「それはそうでしょうが、食事は取った方がいいかと思います。前世でも、食事を抜き続けた同僚が体調を崩して、大事な局面で動けなくなったことがあります」
アルドが少し止まった。
「……前世の経験をよく持ち出すな」
「役立つことが多いので」
「そうか」
それ以降、アルドは昼食をとるようになった。
食事の時間は短く、会話もほとんどない。だが、同じ部屋で食べるようになった。
(この人、思ったより人間らしい)
そう気づいたのは、その頃だった。
そして五日目の夜。調査局からの帰り道、馬車に乗り込もうとしたとき、ラインが低い声で私に言った。
「クレイン嬢、一つ気になることがあって」
「なんでしょう」
「先日から、嬢を跟踪している者がいるかもしれません。単独ではないかもしれない」
「……どういうことですか」
「局長に報告済みです。ただ、嬢にも知っておいてほしくて」
彼女を狙っているのは、一人だけではないかもしれない。ラインの言葉が、そういう意味だと気づいた。
私は少し考えてから、「わかりました」と答えた。
馬車が動き出した。窓の外に、夜の王都が流れていった。
(この事件は、私が思っていたより複雑になっていく)
そんな予感が、静かに広がっていった。




