第七話 隠された証拠は、いつも一番見えにくい場所にある
翌日から、調査局での作業が始まった。
与えられた席は、会議室の隣にある小部屋だった。窓が一つ、机が一つ、椅子が一つ。書類棚が三つ。これが私の作業場になるらしい。
机の上には、昨日の倉庫から回収した書類の束が積まれていた。
「これを全部確認してほしい」
アルドが言った。
「はい。どのくらい時間がありますか」
「今日中に終わればいい」
「今日中、とは何時までを指しますか」
「陽が落ちるまでには」
量を見た。かなりある。
「了解しました」
アルドが出ていった。
私は書類の束を手に取り、作業を始めた。
記録スキルを使えば、内容を記録することは早い。だが、内容を理解して矛盾を探すには、一枚一枚丁寧に読み込む必要がある。スキルは記録してくれるが、解釈は自分でしなければならない。
(まず、書類全体の構造を把握する)
前世でも、大量の書類を読むときは、まず全体を俯瞰してから細部を見ていた。木を見る前に森を見る、ということだ。
一時間かけて全体を把握した。
この書類群は、フォルセ子爵の商会の取引記録だ。食料品、布地、魔道具。様々な商品の売買が記録されている。一見、普通の商会の記録に見える。
だが、前世の経験から気になる点があった。
取引の量と、倉庫の実際の在庫量が合わない。
(書類上の数字が、多すぎる)
具体的に確認するため、取引記録と在庫記録を並べて見た。
やはり、ずれている。
書類上では年間で相当量の食料品が取引されているはずだが、倉庫の実際の在庫規模はそれに見合わない。どこかで数字が合わなくなっている。
(これは架空取引だろうか)
前世で、横領事件を扱ったときに似たようなパターンを見たことがある。実際には存在しない取引を書類上だけで作り、その差額を横領するという手口だ。
そして。もう一点。
昨日見た「不自然な記号」が挿入された書類は、特定の日付に集中していた。その日付を確認すると。十日前の夜会の直後だった。
(日付が一致している)
私は手を止めた。
十日前の夜会。ヴィオネ嬢の婚約破棄が宣言された日と、同じだ。
もしくは、その直後に書類が書き直されたとすると。
(これは偶然ではない)
スキルが静かに反応した。論理の矛盾を感知するスキルだ。複数の書類を重ね合わせたときに、整合性のとれない部分を光が当たるように示してくれる。
今、そのスキルが一点を示していた。
フォルセ子爵と、今回の証言者。クリスタン男爵の間に、共通する取引記録がある。
書類の上では、普通の取引だ。だが、その中に挿入された記号を含む書類が、一通だけある。
前世の感覚が囁いた。
(これが、すべての起点になるかもしれない)
部屋の外に声をかけた。
「調査官殿、少しよろしいですか」
しばらくしてアルドが入ってきた。
「何か見つかったか」
「書類上の取引量と、倉庫の在庫記録のずれがあります。それと。」
私は該当の書類を開いて示した。
「この取引記録の日付が、十日前の夜会の直後に集中しています。そしてこの一通に、昨日確認した不自然な記号が含まれています」
アルドが書類を受け取り、目を落とした。
しばらくの沈黙。
「フォルセ子爵とクリスタン男爵の取引記録か」
「はい。表向きは普通の取引ですが、この記号が含まれているのはこの一通だけです」
「クリスタン男爵は、今回の証言者だ」
「……そうなのですか」
私は知らなかった。聞いていなかった。
アルドが書類を机に置き、私を見た。
「これは、今朝まで誰も気づいていなかった」
「私も、気づいたのはつい先ほどです。ただ、前世で架空取引の事件を扱ったことがあって、似たようなパターンを知っていたので」
「前世の知識か」
「はい」
アルドが少し間を置いた。
「見せてもらっていいか」
「どうぞ」
書類を広げ、矛盾点を一つずつ説明した。アルドは話を遮らず、聞いていた。それはいつもと同じだったが、何かが違った。
今日のアルドは、私の話を「証言者の証言として聞く」のではなく、「同じ情報を持つ者として確認する」ような聞き方をしていた。
前世で、同僚の弁護士と事件を話し合うときの感覚に、少し似ていた。
説明が終わると、アルドは静かに言った。
「これは、単純な婚約破棄の案件ではない」
「そう思います」
「黒幕がいる」
「証拠としては断片的ですが、この書類の流れは、誰かが意図的に動かしている可能性を示しています」
アルドが腕を組んだ。
「フォルセ子爵は、被害者側か、加担者側か」
「書類だけでは判断できません。ただ、クリスタン男爵との接点は確かにあります」
「クリスタン男爵は証言者だ。つまり。」
「証言の信憑性に疑義が生じます」
静かな確認だった。二人でパズルの同じ面を見ている感覚。
アルドが書類をまとめた。
「このまま局で保管する。後で詳細な分析を行う」
「はい」
「今日の作業、助かった」
「お役に立てれば」
「立てた」
短い言葉だったが、今日はそれだけで十分だった。
帰り道、馬車の中で私は思った。
(この書類が、何を暴くことになるのだろう)
黒幕がいる。その言葉が、頭の中でゆっくり広がっていった。




