第六話 「現場検証に令嬢を連れてくるな」vs「でも彼女は証人です」
翌朝早く、調査局から迎えの馬車が来た。
馬車の中にアルドはいなかった。代わりに、部下と思われる二名の男性が乗っていた。一人は三十代前半の赤毛の男、もう一人は二十代半ばのやや細身の男だ。どちらも調査局の制服を着ていた。
私が乗り込むと、赤毛の男がわかりやすく眉をひそめた。
「……令嬢が来るとは聞いていなかったが」
隣の細身の男が小声で「ベルト、やめろ」と言った。
「現場へ向かっているんだぞ。令嬢を連れていくなんて、局長は何を考えているんだ」
「俺に言うな。局長の指示だ」
「だからだよ。わざわざ令嬢を。」
「ベルト」
細身の男がはっきりした声で遮った。赤毛の男。ベルトが黙った。
私は二人を見ながら、静かに思った。
(こういう反応は想定していた)
前世でも、法律事務所に入りたての頃、似たような目を向けられたことがある。「女だから」「若いから」「わかっていないから」。様々な理由で、最初は軽く見られることが多かった。
だが、仕事で示すしかない。それは今世でも同じだろう。
「よろしくお願いします」
私は二人に向かって一礼した。
ベルトは返事をしなかった。細身の男が「……こちらこそ」と短く答えた。
馬車は王都の外れへ向かった。
現場は、とある商会の倉庫だった。
倉庫の外に衛兵が数名立っており、中は薄暗かった。木の棚に積まれた荷物、布をかけられた台、隅に積まれた書類の束。空気がひんやりとしていた。
「ここで何が」と聞こうとしたが、先にアルドが現れた。
「来たか。説明する」
彼は手短に状況を述べた。
この倉庫は、先日のヴィオネ嬢の件に関連した貴族。フォルセ子爵が管理するものだ。子爵は先日の夜会に出席しており、証言者の一人とも接触があったとされる。この倉庫に、何らかの書類が保管されている可能性がある。捜索と記録の確認のために来た。
「君には、書類の中に記録対象のものがあれば、スキルで記録してもらいたい」
「わかりました」
ベルトが低い声で言った。
「局長。令嬢に現場は無理です。怪我でもしたら」
「彼女は嘱託証人だ。現場への同行は業務に含まれる」
「しかし」
「ベルト」
アルドが短く名前を呼んだだけだった。それだけで、ベルトが止まった。
私はその様子を見ながら、静かに倉庫の奥に進んだ。
書類の束を一つ取り出した。
スキルが起動した。記録・論証の光が、静かに満ちる感覚がある。書類の内容が、映像として記録されていく。
一冊目。取引記録。日常的な商品の売買が記されている。特に問題はない。
二冊目。同じく取引記録。こちらも問題ない。
三冊目。
(これは)
手を止めた。
記録された書類の中に、見慣れない記号が混じっていた。商品名の間に、不自然な文字列がある。取引記録を装った何かだ、とすぐに感じた。
前世の仕事で、類似したものを見たことがある。書類の中に別の情報を隠す手法だ。
「……調査官殿」
私は振り返って、アルドを呼んだ。
彼が近づいてきた。
「この書類の中に、不自然な箇所があります」
「どこか」
「記号の配列が、取引記録の文脈から逸脱しています。意図的に挿入されたように見えます」
アルドが書類を受け取り、目を細めた。
しばらく見てから、彼は細身の男を呼んだ。
「ライン、これを分析局に持っていけ」
「はい」
書類が運ばれていった。
ベルトがこちらを見ていた。さっきとは少し違う目だった。「令嬢なのに動じない」という目だ。前世でも何度か見たことがある種類の目だ。
「スキルで記録できるか」
アルドが聞いた。
「はい。この書類の全ページを記録しました」
「今見た不自然な箇所も含めて」
「含めています」
「よかった」
それだけだった。
倉庫の中をさらに調べていくうちに、他にも同様の書類が何冊か出てきた。私はそのたびにスキルを使い、記録していった。
二時間ほど経って、現場の確認が終わった。
外に出ると、光がまぶしかった。ベルトが水の入った瓶を一本持ってきた。
「……どうぞ」
「ありがとうございます」
短いやりとりだった。だが、最初とは声の温度が少し違った。
アルドが書類を整理しながら、私に近づいた。
「今日の記録を、後で局に提出してもらえるか」
「書面でまとめればよいでしょうか」
「それでいい」
「わかりました」
彼が一度、書類から目を上げた。
「今日は助かった」
それだけ言って、また書類に向き直った。
私はその言葉を、少し頭の中で繰り返した。
今日は助かった。
短い言葉だ。だが、「参考になった」とは違う言葉だった。
馬車への帰り道、ベルトが後ろから声をかけてきた。
「さっきの書類の不自然な箇所、よく気づきましたね」
「前世でよく似たものを扱ったことがありましたので」
「……前世」
「転生者なので」
ベルトが少し止まった。それから、「あ、そうか」と言った。
細身の男。ラインが小声で「だから記録スキルなんだ」と言うのが聞こえた。
馬車に乗り込みながら、私は思った。
(証拠が一点、つながらないところがある)
あの書類の中の記号。それが何を意味するのか、まだわからない。だがそれは、ヴィオネ嬢の件と、おそらく繋がっている。
全体の絵が見えるまでには、まだ時間がかかりそうだ。




