第五話 嘱託証人とはなんですか、私の本業は刺繍です
帰宅して、まず父に報告した。
「嘱託証人に依頼された」
父は三秒間、黙っていた。それから、眉を寄せた。
「……エルナ、それは」
「断るかどうか、明日返事をすることになっています」
「断った方がいいのではないか」
「はい。常識的にはそうだと思います」
「なのに、断ると言わないのか」
私は少し考えてから答えた。
「まだ、考えているところです」
父がため息をついた。母が廊下からそっと顔を出し、「お夕飯、冷めてしまいますよ」と言った。
食卓についてから、母が心配そうに聞いた。
「大丈夫なの、エルナ。危ないことはないかしら」
「証言者ですから、危険なことはないかと思います」
「でも、王族の方の婚約のことでしょう。複雑なことに巻き込まれるのでは」
「……そうかもしれません」
「なら、やはり断る方が」
「でも」
私は箸を止めた。
「ヴィオネ嬢の件が、このまま有耶無耶になるかもしれないと思うと」
二人が静かになった。
「私が見たものと、証言者の証言が食い違っている。そのまま何もしなければ、ヴィオネ嬢に不当な汚名がついたままになるかもしれない。それが、どうしても」
言い訳のように聞こえる、と自分でも思った。けれど、嘘ではなかった。
父が静かに言った。
「お前は昔から、そういうところがあったな」
「そういうところ、とは」
「放っておけないところだ」
母が少し笑った。
「エルナちゃんは小さい頃から、不公平なことを見ると黙っていられない子だったのよ。庭師の男の子がいじめられていたとき、一人で言いに行ったじゃないの」
「そんな昔の話を」
「今も同じでしょう」
言い返せなかった。
母の言う通りだった。そして。きっとそれは、前世から続いている性質なのかもしれない、とも思った。前世でも、弁護士を選んだのは「放っておけない」という理由だったから。
その夜、自室で考えた。
布団の中で天井を見ながら、ぼんやりと前世の記憶を辿った。
初めて法廷に立った日のことを思い出した。
弁護士になって二年目、初めて一人で担当した刑事事件だった。依頼人は若い男性で、無実だと主張していた。証拠は薄かった。勝ち目は少なかった。それでも、彼が無実だという確信があった。
あの法廷で、私は証人を何人も尋問した。矛盾を一つずつ積み上げた。最後に、無罪判決が出た。
依頼人が泣いていた。
あの日の感触が、今もどこかに残っている。
「正しいことをした」という感触だ。
(前世でも今世でも、自分はおそらく同じことをする)
そう気づいたとき、答えが出ていた。
翌朝、調査局へ返事を持っていった。
アルドは会議室で待っていた。私を見て、一言だけ言った。
「来たか」
「来ました」
「答えは」
「受けます。ただし、条件があります」
彼の眉がわずかに動いた。
「聞こう」
「私の証言はあくまで私が見たものの記録に基づきます。私が見ていないことについては証言しません。また、私の記録を強引に解釈させようとする行為は、お断りします」
「それは当然のことだ」
「それから」
「まだあるのか」
「刺繍の時間は確保させていただきます」
しばらくの沈黙。
「……刺繍」
「はい。本業ですので」
また沈黙。
それから、アルドが短く言った。
「調整する」
「ありがとうございます」
「他には」
「今のところは以上です」
彼がどこかに書き留めた。
それを見ながら、私は静かに思った。
(前世では、依頼人のために戦った。今世では。証人として、真実のために証言する)
場所は変わった。役割も変わった。だが、やることの本質は同じかもしれない。
「明日から動いてもらう」
「明日、ですか」
「事件が動いている。待てない」
「……わかりました」
私は立ち上がり、一礼した。
扉を出たところで、ふと思った。
(初仕事が明日か)
一体どんな現場なのだろう。
翌日わかったことだが、現場というのは、予想より物騒な場所だった。




