表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
証人令嬢エレノアは証言をやめません ~前世が弁護士なので、この状況はむしろ好都合ですわ~  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/22

第五話 嘱託証人とはなんですか、私の本業は刺繍です

 帰宅して、まず父に報告した。


 「嘱託証人に依頼された」


 父は三秒間、黙っていた。それから、眉を寄せた。


 「……エルナ、それは」


 「断るかどうか、明日返事をすることになっています」


 「断った方がいいのではないか」


 「はい。常識的にはそうだと思います」


 「なのに、断ると言わないのか」


 私は少し考えてから答えた。


 「まだ、考えているところです」


 父がため息をついた。母が廊下からそっと顔を出し、「お夕飯、冷めてしまいますよ」と言った。


 食卓についてから、母が心配そうに聞いた。


 「大丈夫なの、エルナ。危ないことはないかしら」


 「証言者ですから、危険なことはないかと思います」


 「でも、王族の方の婚約のことでしょう。複雑なことに巻き込まれるのでは」


 「……そうかもしれません」


 「なら、やはり断る方が」


 「でも」


 私は箸を止めた。


 「ヴィオネ嬢の件が、このまま有耶無耶になるかもしれないと思うと」


 二人が静かになった。


 「私が見たものと、証言者の証言が食い違っている。そのまま何もしなければ、ヴィオネ嬢に不当な汚名がついたままになるかもしれない。それが、どうしても」


 言い訳のように聞こえる、と自分でも思った。けれど、嘘ではなかった。


 父が静かに言った。


 「お前は昔から、そういうところがあったな」


 「そういうところ、とは」


 「放っておけないところだ」


 母が少し笑った。


 「エルナちゃんは小さい頃から、不公平なことを見ると黙っていられない子だったのよ。庭師の男の子がいじめられていたとき、一人で言いに行ったじゃないの」


 「そんな昔の話を」


 「今も同じでしょう」


 言い返せなかった。


 母の言う通りだった。そして。きっとそれは、前世から続いている性質なのかもしれない、とも思った。前世でも、弁護士を選んだのは「放っておけない」という理由だったから。


 その夜、自室で考えた。


 布団の中で天井を見ながら、ぼんやりと前世の記憶を辿った。


 初めて法廷に立った日のことを思い出した。


 弁護士になって二年目、初めて一人で担当した刑事事件だった。依頼人は若い男性で、無実だと主張していた。証拠は薄かった。勝ち目は少なかった。それでも、彼が無実だという確信があった。


 あの法廷で、私は証人を何人も尋問した。矛盾を一つずつ積み上げた。最後に、無罪判決が出た。


 依頼人が泣いていた。


 あの日の感触が、今もどこかに残っている。


 「正しいことをした」という感触だ。


(前世でも今世でも、自分はおそらく同じことをする)


 そう気づいたとき、答えが出ていた。


 翌朝、調査局へ返事を持っていった。


 アルドは会議室で待っていた。私を見て、一言だけ言った。


 「来たか」


 「来ました」


 「答えは」


 「受けます。ただし、条件があります」


 彼の眉がわずかに動いた。


 「聞こう」


 「私の証言はあくまで私が見たものの記録に基づきます。私が見ていないことについては証言しません。また、私の記録を強引に解釈させようとする行為は、お断りします」


 「それは当然のことだ」


 「それから」


 「まだあるのか」


 「刺繍の時間は確保させていただきます」


 しばらくの沈黙。


 「……刺繍」


 「はい。本業ですので」


 また沈黙。


 それから、アルドが短く言った。


 「調整する」


 「ありがとうございます」


 「他には」


 「今のところは以上です」


 彼がどこかに書き留めた。


 それを見ながら、私は静かに思った。


(前世では、依頼人のために戦った。今世では。証人として、真実のために証言する)


 場所は変わった。役割も変わった。だが、やることの本質は同じかもしれない。


 「明日から動いてもらう」


 「明日、ですか」


 「事件が動いている。待てない」


 「……わかりました」


 私は立ち上がり、一礼した。


 扉を出たところで、ふと思った。


(初仕事が明日か)


 一体どんな現場なのだろう。


 翌日わかったことだが、現場というのは、予想より物騒な場所だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ