第四話 調査官殿、それは法律用語でいう脅迫に該当します
調査局の会議室は、昨日と同じ部屋だった。
同じテーブル、同じ書類棚、同じ窓からの光。けれど今日は、向かいに座るアルド調査官の目が、昨日とは少し違った。
昨日は「証言者を聴取する」という目だった。今日は何かを。試している目だった。
(あ、これは試されているな)
前世でも何度か経験がある。相手の実力を見極めるために、わざと答えにくい質問をしてくる手法だ。
「今回の件について、君はどう思う」
アルドが切り出した。
(漠然とした質問から始めるのか)
いきなり「どう思う」と問われても、何について何の見解を求めているのかが不明だ。答え方を誘導するか、こちらが勝手に定義した質問に答えるかを試している。
「何についての見解をお聞きになりたいのでしょうか」
「ヴィオネ嬢の件について全般的に」
「全般的にとは、事実関係についてでしょうか、証言の妥当性についてでしょうか、あるいは審問の進め方についてでしょうか。対象を絞っていただかないと、的外れな回答になる可能性があります」
アルドが少し止まった。
「……では、君が見た事実と、今回の証言者の証言との整合性について」
「私が記録した映像の範囲内では、整合性がとれていない部分が一点あります。機密書類を渡したとされる時間帯に、私の視野内ではヴィオネ嬢はホールの中央にいました。ただし、これは私の視野内の話です。私の視野外では確認できません」
「その矛盾は、どれくらい重要だと思うか」
「重要かどうかは調査局が判断することです。私の役割は事実を正確に述べることであり、その意味を評価することではありません」
また一拍あった。
「ずいぶん慎重な物言いだな」
「証言者として適切な範囲内に留まっているつもりです」
「それは、私が踏み込んだことを聞くなということか」
私は一瞬考えてから、答えた。
「調査官殿、それは場合によっては、証言者が言うべき範囲を超えた回答を強要することになります。もしそういう意図であれば、法律用語でいう証言強要に近い行為と解釈できなくもありません」
沈黙。
アルドが私を見た。
私も彼を見た。
三秒ほど、二人は黙って向き合っていた。
「……「証言強要」か」
「はい」
「令嬢の口からその言葉が出るとは思わなかった」
「前世では法律の仕事をしておりましたので」
「前世の話を、そう簡単に出すのか」
「調査官殿は今後も私に質問をなさるでしょうから、知っておいていただいた方が効率的かと思いまして」
またの沈黙。
今度は少し長かった。
アルドが書類に目を落とし、何かを書いた。それから顔を上げた。
「一つ聞いていいか」
「どうぞ」
「君は、今回の件に対して何か意見を持っているか。証言者の立場ではなく、純粋に個人として」
今度は私が少し間を置いた。
「……あります」
「聞かせてもらえるか」
「ただし、これは私個人の見解であり、証言ではありません。記録にも残さないでいただければ」
「了解した」
私は少し前のめりになって、声を落とした。
「証言者の証言と、私の記録との間に矛盾がある。その矛盾がなぜ生じたのかを考えると、二つの可能性があります。一つは、証言者が記憶違いをしている。もう一つは、証言者が意図的に虚偽の証言をしている。どちらにしても、証言者を特定してその証言の信憑性を検証することが、先に必要ではないでしょうか」
アルドが私を見ていた。
何か考えている目だった。
「それは、調査局がすでに検討していることだ」
「では、おそらく私が申し上げることは、すでに調査局の方針と一致しているかと思います」
また間が生まれた。
今度は、少し種類が違う間だった。
何かを決断しているような、沈黙だった。
アルドが口を開いた。
「一つ、提案がある」
「はい」
「君を、嘱託証人として正式に依頼したい」
私は、しばらくその言葉の意味を処理していた。
嘱託証人。
調査局に属する、正式な嘱託の証言者だ。
つまり、今後も継続的にこの件に関わることを求められている、ということだ。
「……一時的なご依頼ではなく、ということでしょうか」
「今回の件に限らず、必要に応じて協力してもらいたい」
「私は令嬢です。本業は刺繍です」
「知っている」
「調査局の業務は、令嬢の立場にそぐわないかと」
「問題ない」
「何が問題ないのでしょうか」
「君が問題ないと思えば、問題ない」
私はしばらく彼を見た。
何かを言おうとして、言えなかった。
(この人、話のまとめ方が雑だ)
前世でも今世でも、こういうタイプに出会うことがある。自分の中では論理が完結しているから、他者への説明が省略される。
「少し、考える時間をいただけますか」
「明日まで待つ」
「明後日まで待てますか」
「明日まで待つ」
押し問答だな、と思った。
「……承知しました」
私は立ち上がり、一礼した。
扉を出ながら、小さく息を吐いた。
(嘱託証人、か)
前世では他者を証言台に送り出す側だった。今世では自分が証言者として引き込まれようとしている。
これは、なんとも皮肉な話だ、と思った。




