第三十九話 証人令嬢の最後の証言、聞いてください
副長官への告発案件は、想定より早く動いた。
証拠の整理が完成したとき、私から王国審問会へ申し入れをした。
「自発的な証言申請です」
受付の役人が少し驚いた。
「証人の方から申請されることは珍しいですが」
「はい。ただ、今回は申請したいことがあります」
「どのような内容ですか」
「今回の副長官案件に関する証言だけでなく、過去三つの事件から今日に至るまでの、証人の記録を総括として提出したいと思っています」
「……総括証言、ですか」
「はい。一連の案件が単独ではなく連続した組織的な不正であることを示す証言です。個別の事件ではなく、全体像として審問会が把握することが、今後の法制度に必要だと考えました」
役人が書類を確認した。
「……受理します。日程を調整します」
「ありがとうございます」
アルドに話すと、少し間があった。
「自発的に申請したのか」
「はい」
「今まで証言は呼ばれてから行くものだったが」
「今回は違います。誰かが記録しなければ、全体像が埋もれる。それは私がすべきことだと思いました」
「……そうか」
「何か問題がありましたか」
「ない。ただ。」
「はい」
「また一人で決めたな」
「相談すべきでしたか」
「……いや、君の判断は正しい。ただ、先に言ってくれると、俺も準備ができる」
「申し訳ありません。以後は先に」
「…いい。一緒に準備しよう」
審問会は二週間後だった。
証言書は、今までで一番大きなものになった。
四つの事件、七十三点の証拠、五年間の不正の構造、そして副長官による証拠の不当却下。
それを一本の証言書にまとめた。
アルドが書類を整え、私が証言書を書いた。
そして当日、私は証言台に立った。
「王国審問会において、王国認定法務証人エルナ・クレインが証言を行います」
会場は前回より広かった。委員の数も多かった。傍聴者も増えていた。
「今回の証言は、単一の案件についてではありません。過去一年間において私が関わった複数の案件に共通する組織的な不正について、総括として証言します」
静かになった。
「まず、全体像をお示しします」
整理書を開いた。
「王都の復興支援事業に絡む公金横領は、三年前から計画的に行われていました。その構造は。」
一つひとつ、積み上げた。
第一の事件から第四の事件まで。それぞれの証拠がどうつながっているか。組織の中でどのように工作が行われたか。
副長官による五年前の証拠隠蔽。
基準書が存在しない時点での証拠却下。
「この一連の行為は、個人の犯罪ではなく、組織的な隠蔽です。証拠が消えた事件は過去にも複数あります。これを防ぐためには。」
少し止まった。
「王国の証言制度の改革が必要です」
委員の一人が言った。
「具体的に、どのような改革を提案されますか」
「三点あります」
私は整理書の最後のページを開いた。
「一点目。証人の安全を法的に保障する制度の創設です。証人への圧力や脅迫を独立した犯罪として扱う規定が現在は不十分です」
「二点目。証拠の採否に関する決定を、単独の判断者ではなく複数人の委員会で行う仕組みの導入です。今回の五年前の案件のように、一人の判断で証拠が消えることを防ぐためです」
「三点目。王国認定法務証人の権限を明文化した規程の整備です。現在、この称号の権限範囲が曖昧であり、証言の重みが場合によって異なっています」
「……以上が提案です」
会場が静かだった。
委員長が言った。
「これは証言にとどまらず、制度提言でもあります」
「はい。証言を積み上げてきた中で、制度の限界が見えてきました。記録だけでは不十分な場合があります。記録が残る制度が必要です」
「……確かに」
後方の傍聴席を、視線だけで確認した。
アルドがいた。
今日は、いつより真剣な顔をしていた。
でも目が合ったとき、ほんの少しだけ、頷いた。
(届いています)
声にはしなかった。
でも、その頷きが伝えてくれた。
審議の結果、副長官は有罪となった。
そして、証言制度の見直しに向けた委員会設置が決定した。
委員の一人が言った。
「証人の記録が、国の制度を変えることになるとは思いませんでした」
「証言は、記録の中にあります。記録が残れば、それはいつか誰かに届く」
「……そういうものですか」
「私はそう思っています」
審問会を出た。
アルドが外で待っていた。
「終わったな」
「はい」
「制度提言まで出した」
「必要だと思ったので」
「俺には事前に相談がなかったが」
「……それは、申し訳ありません」
「今回だけは許す」
「ありがとうございます」
「次からは相談しろ」
「はい。約束します」
「証言として記録するか」
「……はい」
「そうだな」
二人で、夕暮れの王都を歩いた。
「お疲れ様でした」
「……それは俺が言う言葉だ」
「では、お互いに」
「そうだな。お疲れ様」
「ありがとうございます」
今日の証言が、何かを変えるかもしれない。
変えなくても、記録は残る。
(それで十分です)
静かにそう思い、隣を歩いた。




