第三十八話 最後の事件は、私たちの過去からやってきました
それは婚約から二ヶ月後のことだった。
調査局に一通の申し立て書が届いた。
「副長官に関する正式な告発です」
ラインが書類を持ってきた。
「誰からですか」
「五年前の案件で怪我をされた証言者。当時の方が、今回の事件の発覚を機に、正式に告発を申し立てた、とのことです」
アルドが書類を手に取った。
「……来たか」
「はい。五年前の証拠が不当に却下されたことと、副長官がゴルト・クレステンと接触していたことを証明できれば、立件できます」
「証拠は」
「私が記録した映像と、アルド様が当時集めていた書類の一部が残っています」
「当時の書類は、ほとんど処分されたはずだが」
「はい。でも、アルド様が個人的に写しを取っていた書類があります。先週の整理の際に見つけました」
「……見つけていたのか」
「はい。本人に言うタイミングを考えていましたが。今が適切だと思いました」
アルドが少し間を置いた。
「……そうか」
「この写しと、映像記録を合わせれば。」
「証拠として成立するかもしれない」
「はい。ただ、五年という時間が経っているので、証拠の有効性についての判断が必要です」
「調べる」
「一緒に調べます」
「……一緒に」
「今回はそういう案件だと思いますので」
アルドが書類を閉じた。
「君は最初から、この可能性を考えていたか」
「副長官の映像が出てきたときから、この方向はあり得ると思っていました。ただ、当事者が告発を決めるかどうかが最終的な条件でしたので」
「……俺の過去の案件を、最初から整理していたのか」
「仕事です。整理できそうなものは整理します」
「……困った婚約者だ」
「それはよく言われます」
「俺が言っているんだが」
「主に」
「……そうだな」
アルドが、今日は早く動いた。
書類を引き出し、写しを確認し、映像記録との対照を始めた。
私も隣で整理書を広げた。
「五年前の証拠却下の理由が「形式上の問題」とされていましたね。当時の形式基準を確認できますか」
「記録庫に残っているはずだ」
「確認してきます」
「俺が行く」
「私の方が書類の場所を把握しています」
「……そうだな」
「では行ってきます」
記録庫で当時の形式基準書を見つけ、持ち帰った。
「……これだ。五年前の証拠却下に使われた形式基準の文書です。ただ。」
「何がある」
「この基準書の発行日を見てください。証拠が却下された日付の、二日後です」
アルドが確認した。
「……基準書が存在しない時点で、この基準を適用した」
「はい。つまり、存在しない基準を理由に却下した、ということになります。これは。」
「証拠の不当却下が証明できる」
「なります」
ベルトが入ってきた。
「局長、今日なんか二人で気合が入ってますね」
「集中させてくれ」
「了解です。お茶でも。」
「後でいい」
「はい!」
ベルトが出ていった。
ラインが顔だけ出した。
「二人とも大丈夫ですか」
「大丈夫です」
「局長が珍しく前のめりになってる」
「大事な案件だからだ」
「そうですね。頑張ってください」
消えた。
私は整理書に書き込みながら言った。
「これが最後の事件になる気がします」
「そうだな」
「五年前からの伏線が、今ここで終わる」
「……終わらせる」
アルドの声が静かで、しかし確かだった。
「はい、終わらせましょう」
「一緒に」
「はい」
二人で書類に向かった。
連携は完璧だった。
私が読み、アルドが確認し、私が整理し、アルドが判断した。言葉を使わなくても、次に何が必要かが分かる。
(この人と、ずっとこうして働いてきたから)
いつの間にかそうなっていた。
仕事仲間として始まり、互いを信頼する者になり、今は婚約者だ。
それでも、仕事の息は変わらなかった。
(変わらないままで、いいと思います)
心の中でそう思い、ペンを走らせた。
夕方、証拠書類の一次整理が終わった。
「今日のところはここまでだ」
「はい」
「明日、正式な申請書を作成する」
「一緒に作ります」
「……頼む」
「了解しました」
局を出た。
外は夕日だった。
アルドが少し歩きながら言った。
「五年間、俺が一人で抱えていた案件に、君が関わってくれている」
「仕事です」
「そうかもしれないが。ありがたい」
「婚約者ですから」
「……そういう意味でもある」
「そういう意味でもありますね」
二人で夕日の中を歩いた。
これが最後の事件。
そしてその後に、始まりがある。




