第四十話 証言は終わりません、ただ場所が変わるだけです
結婚式の朝、私は記録を書いていた。
侍女たちが支度を整えるため部屋を行き来する中、私だけが書き物机に座っていた。
「お嬢様、まだ時間はありますが、そろそろ。」
「あと少しで終わります」
「……何を書いていらっしゃるんですか」
「記録です」
「記録、ですか」
「今日この日の記録を、式が始まる前に書いておきたいので」
侍女が不思議そうな顔をしたが、何も言わなかった。
私は書き続けた。
今日という日を、正確に記録しておきたかった。
朝の光の向き。窓から見える庭の様子。空の色。
そして。今、胸の中にある気持ちを。
前世の弁護士として生きた記憶がある。
証言を守り、証拠を積み上げ、それでも守れなかったものがあって、後悔を抱えて前世を終えた。
今世で、同じことをやり直した。
証言に立ち、証拠を積んだ。今度は、届いた。
(前世の私が今日を見たら、なんと言うだろう)
記録を書きながら、少しそう思った。
「よかった」と言うかもしれない。
「証言が届いた」と言うかもしれない。
それとも、ただ笑うだけかもしれない。
どちらでも、今日は。今日は良い日だ。
「お嬢様、そろそろ」
「はい、終わりました」
ペンを置いた。
記録書を丁寧に閉じた。
鞄の中に、いつも持ち歩いている整理書と一緒にしまった。
侍女が驚いた顔をした。
「式場に鞄をお持ちになるんですか」
「はい」
「……何かあるのですか」
「記録することがあれば、記録したいので」
「結婚式でもですか」
「大事なことはいつでも記録します」
侍女が笑った。
「そういうお嬢様でしたね、ずっと」
「そうですか」
「初めてお仕えしたときから、何でも記録されていましたよ。刺繍の図案も、花の種類も、来客の名前も」
「癖です」
「でも、素敵な癖だと思います」
鏡の前に立った。
今日の衣装は白かった。母が選んでくれた。
「どうですか」
「……きれいです、お嬢様」
「ありがとう」
式場に向かった。
式は、王都の礼拝堂で行われた。
両家の家族と、調査局の局員たちが来ていた。ベルトとラインが並んで座っていた。ベルトが早くも目を赤くしていた。
アルドが前に立っていた。
礼服姿で、いつもと変わらない静かな顔をしていた。
だが、私が入ってきたとき。一瞬、目が動いた。
それだけで分かった。
(あなたも、記録してくれているんですね)
言葉にはしなかった。
並んで立った。
式が始まった。
司式者が進める中、誓いの言葉を述べる場面になった。
アルドが、少し低い声で言った。
「エルナ」
「はい」
「一つ頼んでいいか」
「何ですか」
「証言してくれ」
「……何を」
「俺とこれからも一緒にいること。俺を信じること。証言を続けること。。それを、ここで証言してくれ」
司式者が少し困った顔をしたが、私は構わなかった。
「証言します」
「聞かせてくれ」
「私エルナ・クレインは。今日よりアルド・カストの妻となり、これからも証言を続けます。記録をやめません。真実を積み上げることをやめません」
「……続けてくれ」
「あなたを信じます。あなたの傍にいます。あなたが守ろうとするとき、私は証言します。それが私の誓いです」
司式者が少し、「……以上で、誓いの言葉をいただきました」と言った。
ベルトが後ろで何か言った。
「……証言て」
「やっぱりエルナ嬢だな」
アルドが私を見た。
「俺も証言する」
「はい」
「君を守る。君の記録を大切にする。君が証言台に立つとき、俺は傍にいる。それが俺の誓いだ」
「受理します」
「……証言か」
「大事なことは記録します」
「……そうだな」
彼が少し笑った。
式が終わった後、外に出た。
春の光が、礼拝堂の前を照らしていた。
ベルトが来た。
「……おめでとうございます、エルナ嬢」
「ありがとうございます」
「あの誓いの言葉、一生忘れられないと思います」
「そうですか」
「ふつう、愛するとか、誠実にとか言うところを。証言って」
「内容は同じだと思いますが」
「そうなんですけど!」
ラインが来た。
「局長、今日は珍しく笑ってましたよ、式の最中に」
「そうですか」
「アルド局長が式の最中に笑うの、俺たち初めて見ました」
「あれは、笑っていたのか」
「笑ってましたよ。少しでしたけど」
アルドが隣に来た。
「何の話だ」
「あなたが式中に笑っていたという話です」
「……それは違う」
「では何でしたか」
「……笑っていたかもしれない」
「そうですか」
「仕方ない」
「なぜ」
「……誓いの言葉が証言だったから」
「おかしかったですか」
「おかしくはない。君らしかった」
「ありがとうございます」
「いや。いや、礼でもない」
「そうですか」
「……そうだ」
夕方、二人になった頃、私は鞄から整理書を出した。
「エルナ」
「はい」
「今日も書くのか」
「今日は特に書きたいことが多いので」
「……今日が終わっても、書き続けるんだな」
「証言は終わりません。ただ、場所が変わるだけです」
「場所が変わる」
「これまでは証言台や調査局でした。これからは。あなたの傍でも書きます」
アルドが少し止まった。
「……それでいい」
「はい」
「俺は、君が書いているところを見ている」
「ありがとうございます」
「君だけを記録する、と言っただろう」
「はい。覚えています」
「……今も記録している」
「私も、記録します」
スキルを起動させた。
今この瞬間。今日という日。アルドの横顔。春の光。窓の外の空。
全部記録した。
「今日の記録が終わったら、刺繍を仕上げます」
「……今日か」
「少し残っていまして」
「……そういう人だな」
「今世でも前世でも、そうでした」
「変えるつもりはないか」
「ありません」
「……そうか」
「あなたは変えてほしいですか」
「……変えなくていい」
「ありがとうございます」
「君が君でいてくれる方が、俺はいい」
静かな言葉だった。
「……それは、とても嬉しいです」
「そうか」
「はい」
筆を走らせながら、今日という日の記録を続けた。
証言は終わらない。
ただ、場所が変わるだけだ。
証言台から。アルドの傍へ。
審問会から。日々の暮らしへ。
前世の記憶から。今世の幸せへ。
それでも記録はやめない。
証人令嬢は、今日も記録をやめない。
それが、私のすべてだから。




