第三十六話 アルド様の秘密も、私が記録に残しておきます
アルドの過去の話を全部聞いたのは、その翌週のことだった。
「五年前の件の詳細を、話してもいいか」
「いつでも」
「長くなるが」
「聞く時間はあります」
アルドが整理書を一冊取り出した。
「五年前の案件は、実は調査局の正式な記録には残っていない」
「なぜですか」
「不起訴になったからだ。証拠不十分で」
「……証拠が消えたのですか」
「消えたかどうかは分からなかった。ただ、俺が集めた証拠が次第に採用されなくなった」
「採用されなくなった、というのは」
「上位の判断で却下された。理由は形式上の問題だと言われたが。俺には信じられなかった」
「上位というのは」
「当時の調査局の副長官だ。今は別の部署に移っている」
「……今回の事件と、つながりがありますか」
アルドが少し止まった。
「つながっているかもしれない、と思っていた。ただ、証拠がなかった」
「ダルト卿と副長官が関係している可能性があるということですか」
「その副長官の名前が、今回押収した書類の一部に出てきた」
「……出てきたのですか」
「微妙な位置づけだった。直接の関与を示す証拠ではないが、ゴルト・クレステンとの接触記録がある」
「それは。」
「今の時点では証拠として使えない。だが、可能性として残っている」
私は少し考えた。
「私が確認してもいいですか」
「何を」
「その接触記録と、五年前の案件の関係を。スキルで記録していた映像の中に、何か関連するものがあるかもしれません」
「……それは、俺のために調べるということか」
「はい」
「俺の過去の案件のために、君が動く必要はない」
「今の私は王国認定法務証人です。必要があれば証言します」
「だが。」
「それに、あなたの荷物が軽くなるなら、私は調べたいです」
アルドが、静かに私を見た。
「……なぜそこまで」
「婚約者だからです」
「それが理由か」
「はい」
「……わかった」
「では始めましょうか」
書類を並べた。
アルドが五年前の記憶を話し、私がそれを記録した。映像記録ではなく、言葉として。一つひとつ丁寧に。
そして、今回の事件で記録した映像と照合した。
「ここです」
「何がある」
「囮作戦の前に、ゴルトの事務所付近を記録した映像があります。あの日、副長官と思われる人物がゴルトの事務所近くを歩いている場面があります」
「……確認できるか」
「はい。記録スキルの映像は証拠として認定されています。副長官の顔と照合できれば。」
「顔は分かる。今日でも確認できる」
「では」
その場で照合した。
映像の中の人物と、アルドが確認した副長官の顔。
一致した。
「……一致します」
「そうか」
「この映像を証拠として申請できます。五年前の案件との直接的な関連は示せませんが、今回の事件との接触は示せます」
「……それだけでも、動ける」
「はい」
アルドが少し間を置いた。
「五年前、証拠を消した人物が、今回の事件にも関わっていたということが。証明に近づいた」
「はい」
「俺が信じられなかったことが、正しかったということが」
「そう思います」
長い沈黙があった。
アルドの表情は、いつも通り静かだった。
だが、その静かさの中に、何かが解けていくような感覚があった。
「……ありがとう、エルナ」
珍しい言葉だった。
名前を呼んで、感謝した。
「いいえ」
「君がいなければ、俺はあの映像を見ることもなかった」
「あなたが話してくれたから、照合できました」
「……それでも」
「では、お互いにということで」
アルドが少し笑った。
「そういうことにしておく」
「はい」
「……五年間抱えていたものが、少し軽くなった」
「それは良かったです」
「本当に、軽くなった」
その言葉が、とても静かで、とても確かだった。
「私も記録しておきます」
「何を」
「今この瞬間を。あなたが少し軽くなった、この場面を」
「……記録するのか」
「後で見返したいと思ったので」
「……勝手にしろ」
「ありがとうございます」
スキルを起動させた。
書類が並んだ机、窓から入る午後の光、アルドの顔。
今日だけの、この記録。
証拠でも証言でもない。
ただの、大事な記録だった。




