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証人令嬢エレノアは証言をやめません ~前世が弁護士なので、この状況はむしろ好都合ですわ~  作者:


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第三十五話 前世の私は、なぜ今の私の記録を残したのか

 それは夜のことだった。


 クレイン邸の書斎で、刺繍の作業を終えて一息ついていたとき、前世の記憶が唐突に戻ってきた。


 これは珍しいことではなかった。時々、思い出したように前世の断片が蘇る。


 でも今夜は違った。


 「最後の依頼人」の記憶だった。


 前世の最後の年に担当した案件。


 依頼人は若い女性だった。彼女は不当な婚約破棄を受け、周囲に証言を拒否され、一人で戦っていた。


 私は証拠を集めた。証言を準備した。


 だが、法廷の前日に、依頼人が「やはりやめます」と言った。


 怖くなった、と言った。


 私は説得しようとした。証拠は揃っている、勝てると言った。


 それでも彼女は首を振った。


 私は負けた。


 法廷にすら立てずに終わった。


 その後、しばらくして、彼女が亡くなったと聞いた。病気だった。


 「証言できなかったことを、ずっと後悔していた」と、家族から伝言が来た。


 あの一件が、私が前世で抱え続けた最大の後悔だった。


 今夜蘇ったのは、その記憶だった。


 だが、今回は違う場所で止まった。


 (あの依頼人と、ヴィオネ嬢は似ていた)


 婚約破棄。周囲の沈黙。一人で立たされた女性。


 今世で、私は証言に立った。


 誰も立たなかった場所に、記録を持って立った。


 (前世でできなかったことを、今世でやり直した)


 その言葉が、頭の中に浮かんだ。


 遅かった届けが、今世では届いた。


 (前世の私は、今世の私に使命を渡したのかもしれない)


 不思議な考えだった。


 転生を意図的に行うことが可能かどうか、私には分からない。


 でも、「記録・論証」のスキルは、前世の弁護士としての技術と驚くほど相性が良かった。まるで最初からそのために用意されていたかのように。


 (なぜ今の私の記録を残したのか、その理由が今夜わかった気がします)


 翌日、アルドに話した。


 「前世の話をしていいですか」


 「いつでも」


 「最後の依頼人の話です」


 「……聞かせてくれ」


 私は全部話した。


 若い依頼人のこと、証言できなかったこと、後から来た後悔、彼女の死。


 話しながら、声が少し揺れた。


 「ヴィオネ嬢の案件で証言に立ったとき、あの依頼人のことを思い出していました」


 「そうか」


 「今度は立てた、と思いました。前世でできなかったことが、今世ではできた」


 「……それが、この世界に転生した理由だと思っているか」


 「断言はできません。でも。そういう使命があったのかもしれないと思っています」


 アルドが少し止まった。


 「前世の依頼人は、今の君を知ることができないが」


 「はい」


 「それでも、今世で証言に立ったことに意味があると思うか」


 「意味があります」


 「なぜ」


 「証言が届いたからです。ヴィオネ嬢の名誉は回復された。前世でできなかったことが、今世では形になった。それは事実です」


 「……そうだな」


 「前世の私は、おそらく後悔したまま終わった。でも今世で、その後悔に少し決着がついた気がします」


 アルドが私を見た。


 「君は、前世の自分に感謝しているのか」


 「感謝というか。」


 少し考えた。


 「私の前世の経験が、今世の誰かを助けた。それを、前世の私は知らない。でも私は知っている。それだけで十分だと思います」


 「……十分か」


 「はい。証言が届けば、それで十分です。誰が感謝するかは関係ない」


 アルドが少し、視線を外した。


 「俺に似ているな」


 「どの点がですか」


 「守れれば、それでいい。誰かに認められなくても」


 「……そうかもしれません」


 「だから俺は、君のことが分かると思った」


 「そうでしたか」


 「最初から、普通の令嬢ではないと思っていた」


 「それは分かっていました」


 「なぜ」


 「目を見れば分かります。「ただの令嬢ではない」と思っていた目をしていました」


 アルドが少し笑った。


 「記録していたのか」


 「はい。第二話のアルド様の目も、記録してあります」


 「……それほど前から」


 「記録するつもりではなかったのですが、スキルが動いてしまいまして」


 「そうか」


 「はい」


 「……なら、俺も最初から記録されていた」


 「そうなります」


 「不思議なものだな」


 「前世の弁護士が、今世で証言者になって、調査官と婚約した。確かに不思議です」


 「……俺は不思議とは思わない」


 「そうですか」


 「必然だったと思う」


 その言葉が、温かかった。


 「……ありがとうございます」


 「礼を言うことでもない」


 「いいえ、言いたいです」


 「……そうか」


 「はい」


 前世の話をすべて話せた。


 それがとても軽かった。


 長い間、どこかに抱えていた重さが、今日は少し、和らいでいた。


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