第三十四話 婚約者となったアルド様は、やはり護衛過剰です
婚約から一週間が経った。
調査局に出向くと、アルドがいつもと少し違う動き方をしていた。
私が書類室に入ると、すぐに気づいた。
「エルナ」
「おはようございます」
「馬車でここまで来たか」
「はい」
「一人でか」
「侍女が一名同行しています」
「侍女だけか」
「はい」
「……護衛は」
「護衛はついていません。今は特に案件もありませんので」
「案件がなくても危険がないとは言えない」
「ただ街を移動するだけですが」
「ただ移動するだけでも、以前に脅迫状が届いた」
「あれはもう解決しました」
「残党がいないとは言えない」
「……アルド調査官殿」
「なんだ」
「今のその行動は、証拠にもとづいたものですか」
アルドが少し止まった。
「証拠とは」
「残党がいるという証拠、あるいは私に危険が及ぶという証拠です。それが確認できているなら、護衛をつける業務上の判断として理解します。ですが確認できていない場合は。」
「……」
「過保護という評価になりますね」
「俺は過保護ではない」
「ではなぜ一人で来たのかを三回確認したのですか」
「三回か?」
「はい。「馬車でか」「一人でか」「護衛は」。三回です」
アルドが少し口を閉じた。
「……君が証拠だ」
「私が、ですか」
「君がいる、ということが、心配する十分な根拠になる」
「……それは証拠にもとづいた判断とはやや異なる気がします」
「俺の判断だ」
「感情的判断ですね」
「……そうかもしれない」
素直に認めたので、少し驚いた。
「わかりました。では、次から事前にお知らせします。今日はここに来る、という」
「それでいい」
「護衛はつけません」
「……考える」
「護衛が必要な具体的な根拠が出てきたら教えてください」
「……わかった」
「ありがとうございます」
ベルトが書類を持って入ってきた。
「局長、今朝もエルナ嬢の馬車の窓から外を確認してましたよね」
「……業務上の確認だ」
「確認というか、ずっと見てましたよね」
「黙れ」
「はい!」
ベルトが書類を置いて出ていった。
ラインも後からひょこっと顔を出した。
「エルナ嬢、最近局長が朝に窓から外を見る習慣ができたんですけど、エルナ嬢が来る時間帯に限って窓の近くに行くんですよ」
「ライン」
「はい、出ていきます」
消えた。
アルドが視線を私から外した。
「……うるさい部下だ」
「みなさん、喜んでいると思います」
「何を」
「局長が、少し人間らしくなったと以前言っていました」
「以前から人間だった」
「そうですが、以前はもっと表情が分かりにくかったと」
「今はどうだ」
私はアルドを見た。
「分かりやすいです。今も、少し照れていますね」
「照れていない」
「耳が赤いです」
「……それは室温のせいだ」
「今の季節にしては暖かい日ですが、室内は特に暑くないと思います」
「……」
「記録しておきますか」
「するな」
「わかりました」
でも記録した。
「今日の案件を始めよう」
「はい。何が来ていますか」
「王国認定法務証人への問い合わせが三件来ている。審問会での証言に関する相談だ」
「では確認します」
書類を受け取り、内容を読んだ。
三件のうち二件は、直接証言が必要な案件ではなく、証言書の書き方についての相談だった。
「これは回答書で対応できます。直接出向く必要はないと思います」
「そうしてくれ」
「一件は少し確認が必要です。後で詳しく教えていただけますか」
「ああ」
作業を始めた。
しばらくして、アルドがお茶を出してくれた。
「ありがとうございます」
「体を壊されたら困る」
「業務上の懸念ですね」
「そうだ」
「わかりました」
でも今日は、その言葉が以前と少し違って聞こえた。
婚約者として言っているのだと、分かるようになったからかもしれない。
「一つ聞いていいですか」
「なんだ」
「護衛をつけようとすること、窓から確認すること。全部、私のことが心配だからですか」
「……業務上の。」
「婚約者への感情として、という意味で聞いています」
アルドが少し止まった。
「……そうだ」
素直に言った。
「わかりました」
「それだけか」
「はい。理由が分かれば十分です」
「……一言くらい言ってくれてもいい」
「何を言えばいいですか」
「……嬉しいとか」
「嬉しいです」
「もう少し間を置いて言ってくれると嬉しかったが」
「……では」
少し間を置いた。
「嬉しいです」
「……それも早い」
「どのくらいが適切ですか」
「……前世で習わなかったのか、そういうことは」
「法廷での証言は習いましたが、この種の会話の間合いは習っていませんでした」
「……そうか」
「また今度、適切な間合いを教えてください」
アルドが少し首を振った。
「……自分で言ったことを後悔している」
「そうですか」
「後悔はしていない」
「どちらですか」
「……してない」
「わかりました」
また作業に戻った。
今日も、過保護な婚約者と証拠主義の令嬢は、同じ部屋で書類に向かっていた。




