第三十三話 これで全証拠が揃いました、起訴します
婚約の話が動くのは早かった。
アルドが父に挨拶に来たのは告白から一週間後のことで、父は三分で承諾した。
「三分は早いです」
「何か問題があるのか」
「いいえ。ただ、もう少し慎重に。」
「慎重に考えるほど複雑な話ではないだろう。王国の調査局長が、正式に申し込みに来ている」
「そうなのですが」
「お前が嫌ではないなら、父は歓迎する」
父はそう言って、アルドと話を進めた。
母は夕食の席で「それはそうよ、あんなに献身的に支えてくれた方だもの」と言った。
「条件の話はしましたか」
「条件?」
「刺繍の時間の確保です」
「……お前の条件はそこなの」
「本業ですので」
母が笑った。
「アルド様には言っておくわ」
「もう約束していただきました」
「あら、もう話していたの」
「はい。記録してあります」
母がまた笑った。
婚約発表は正式に行われた。
調査局で婚約を知ったベルトとラインは、前日の告白の翌日にすでに予感していたので、それほど驚かなかった。
「やっぱりそうなりましたね」
「思ってた」
「二人とも、いつから気づいていたんですか」
「だいぶ前です」
「具体的に」
「……第二の事件の途中くらいから」
「随分と早い」
「局長、あのころからエルナ嬢のことを目で追ってましたよ」
「気づいていませんでした」
「本人は気づいてないだろうと思ってました」
「……私が気づかないことに、なぜ気づいていたんですか」
「エルナ嬢、自分に向けられた感情には鈍いですよね」
「そうですか」
「証拠書類の矛盾にはすぐ気づくのに」
「別の話だと思います」
「同じだと思いますけど」
「……考えます」
そして社交界での発表。
婚約が正式に公表された翌日から、社交界がざわついた。
「王国証拠調査局長が、証人令嬢と婚約した」
「あの調査官が?」
「証人令嬢のことは知っているが、あの二人が?」
「一緒に事件を解決していたとは聞いていたが」
噂はあっという間に広まった。
翌週の夜会で、いくつか声をかけられた。
「エルナ様、本当に婚約されたのですか」
「はい」
「調査局の方と、驚きました」
「そうですか」
「最初から……その、意図されていたわけでは」
「全く意図していませんでした。最初は証言者として呼ばれただけです」
「でも今は」
「今は婚約者です」
「……縁とは不思議なものですね」
「はい」
アルドが隣に来た。
「こちらの方と話していたのか」
「少し」
アルドが相手の貴族を見た。
「何か問題でも」
「い、いいえ! おめでとうございます!」
貴族が素早く立ち去った。
「問題があったのか」
「ありませんでした。ただ、驚かれていただけです」
「何を」
「私たちが婚約したことを」
「驚くことか」
「周囲からすると、意外な組み合わせだったのかもしれません」
「……俺には意外ではなかった」
「そうですか」
「そうだ」
夜会の端のテーブルで、二人でしばらく立っていた。
「ベルトたちが祝いの席を設けたいと言っていた」
「それは嬉しいです」
「では。」
「はい」
「その前に、一つ確認がある」
「なんですか」
「全証拠が揃った、ということになるか」
「……何の証拠ですか」
「君と俺が、一緒にいる理由の証拠だ」
私は少し止まった。
「七十三点では足りませんか」
「それは事件の証拠だ」
「では」
「告白の記録は君が取った。婚約発表もした。父上にも挨拶した」
「はい」
「全証拠が揃った」
「揃いました」
「ならば」
「起訴ではなく、婚約ですね」
「法廷ではないからな」
「そうですね」
「……君は本当に」
「何ですか」
「どこまでも面白い」
「褒めていただいていますか」
「そうだ」
「ありがとうございます。あなたも、なかなか面白いです」
「……俺がか」
「はい。表情が分かりにくいようで、実はよく分かります」
「記録スキルのせいか」
「観察の結果です」
アルドが少し笑った。
「そうか」
「はい」
夜会の灯りが、二人を照らしていた。
ここから始まる生活を、まだ全部は想像できない。
でも、証拠は揃っている。
(これで一段落です)
心の中でそう思って、隣に立つアルドを見た。
「次の事件があっても、今度は二人で動けますね」
「婚約者を事件に連れていくつもりはない」
「でも、証言が必要なときは」
「……その時は考える」
「考えてくれますか」
「……証言をやめないのか」
「やめません」
アルドが少し息をついた。
「そういう人と婚約したということを、覚えておくべきだったな」
「最初から分かっていたと思います」
「……そうだな」
「では、覚悟の上ということで」
「ああ」
彼が静かに頷いた。
「覚悟の上だ」
その言葉が、とても温かかった。




