第二十九話 かつて令嬢をないがしろにした方々、いかがでしたか
審問会の翌日から、王都が変わった。
正確には、王都の社交界が変わった。
「証人令嬢」という言葉が広まっていた。
最初は「クレイン伯爵家の令嬢が審問会で証言した」という話だった。それが少しずつ尾ひれがつき、「証拠を七十三点提出した」「相手の弁護士を全部論破した」「ダルト卿を一人で追い詰めた」という話になっていた。
「一人ではありませんでしたが」
私は母に言った。
「そうよ、あなたが一人でやったみたいに広まってるけど、調査局の皆さんが調べてくれたんでしょう」
「はい。私は整理して証言しただけです」
「それが一番難しいことではないの」
母がお茶を注いでくれた。
「それより、ヴィオネ嬢のこと聞いた?」
「何かありましたか」
「先日、名誉回復の正式な書状が届いたそうよ。婚約破棄の撤回と、王家からの謝罪文が」
「それは良かったです」
第一の事件から始まったすべての始まり。婚約破棄された令嬢、ヴィオネ嬢。
「ヴィオネ嬢が、あなたに直接お礼を言いたいとおっしゃっているそうよ。伯爵家の使いが来ていたわ」
「いつでも伺います、とお伝えください」
「もちろんそう伝えたわ」
母が少し嬉しそうに続けた。
「社交界ではね、最初にあなたを証人として呼ぼうとしなかった方々が、今は大慌てらしいの」
「……そうですか」
「ヴィオネ嬢の婚約破棄劇があったとき、証人として名乗り出る人が誰もいなかったでしょう。あのとき、エルナ以外に記録を持っていた人も何人かいたはずなのに、みんな隠してたって話があって」
「記録を持っていても、王太子を相手に証言するのは怖いですから」
「でも、あなたはやった」
「前世の経験があったので」
「前世がなくても、あなたはやったと思うけど」
「……そうでしょうか」
母は笑った。
「あなたは昔から、不当なことを放っておけない子だったから」
「……それは、言われたことがなかったです」
「本人は気づいていないだけよ」
お茶を飲んだ。
数日後、ヴィオネ嬢を訪ねた。
彼女は以前よりずっと顔色が良かった。
「エルナ様、本当に……本当にありがとうございました」
「あの場に居合わせただけです」
「でも、記録を持って証言してくださった。あれがなければ、私の名誉は戻らなかった」
「私のスキルが役立てて良かったです」
ヴィオネ嬢が少し笑った。
「一つ聞いてもいいですか」
「はい」
「あのとき、怖くなかったですか。王太子様を相手に、一人で証言に立つのは」
私は少し考えた。
「怖かったですよ」
「そうでしたか」
「でも、記録が正確だという自信はありました。正確な記録があれば、証言は成立する。それは前世で学んだことでした」
「前世、というのはお噂に聞きました。弁護士だったと」
「はい。おかげで今世で役立っています」
ヴィオネ嬢が少し考えるように言った。
「エルナ様が来てくださって良かった。あの夜会に来なかったら、今頃私は。」
「来ていなければ、別の誰かが証言していたかもしれません」
「そうでしょうか」
「いずれにせよ、真実は消えません。遅くなったかもしれませんが、必ず出てくる」
ヴィオネ嬢がまた笑った。
「やはり、弁護士のような言い方をされますね」
「前世の癖が抜けていないようです」
帰り道、馬車の中で窓の外を眺めた。
あの夜会から、どれだけの時間が経ったのだろう。
最初は「ただ居合わせただけ」だった。
それが気づけば三つの事件に関わり、証言書を七十三点積み上げ、王国の横領事件を終わらせた。
(人生は、どこで何が始まるか分からない)
前世でも今世でも、それは同じだった。
夕方の光が、馬車の窓から差し込んできた。
(次は、刺繍を仕上げなければ)
普通の令嬢の仕事が、またそこにあった。
それが少し、嬉しかった。




