第二十七話 証言台に立つエルナ嬢を、私は絶対に守る
審問会の前夜だった。
証言書は前日に完成し、審問会への正式提出も完了していた。
私は調査局で最後の確認をしていた。
「証言の順番を今一度確認します。まず冒頭に七十三点の証拠の概要を示す。次にダルト卿との直接のつながりを示す指示書を提示する。三番目に資金の流れを示す書類を出して、その後各事件の証拠を順に提示していきます」
「変更はないな」
「はい。昨日から変えていません」
アルドが確認書に目を通した。
「明日の審問会に、ダルト卿本人も出席する」
「知っています」
「向こう側には弁護士がつく可能性がある」
「来るとすれば、おそらくトルミ法律事務所です。あの事務所のやり方は調べてあります」
「……そうか」
「どんな反論が来るかも、大体想定できます。証言書を作る際に、想定される反論への対応も組み込んでいます」
「完璧だな」
「完璧ではありません。予想外のことは必ず起きます。ただ、できる限りの準備はしました」
「そうだな」
アルドが書類を閉じた。
窓の外を見た。夜の王都が見えた。
「明日、審問会が終わったらどうするつもりだ」
「終わったら?」
「この三つの事件が片づいたら、君の仕事も終わりになる」
「……そうですね」
「嘱託調査員の期間は、この案件が基になっていた」
「はい」
「終われば、また普通の令嬢に戻る」
私は少し止まった。
「戻るといえば戻りますが……刺繍の仕事が溜まっているので、しばらくはそちらに集中できると思います」
「刺繍か」
「本業ですので」
アルドが振り返った。
私を見た。
何かを言いたそうにしていた。
言い方を探しているのが分かった。この人は、言葉を選ぶのに時間がかかる。
「……聞いていいか」
「はい」
「怖くないか」
「明日のことですか」
「ああ」
「怖くないと言えば嘘になります。でも、用意はできています」
「それは分かっている」
「では、何を確認したかったのですか」
アルドが少し止まった。
「君が……無事でいられるか」
「審問会は安全な場所です」
「そういう意味ではない」
「では」
「君に向けられた敵意が、まだ残っている可能性がある。ダルト卿が追い詰められれば、最後に何かしようとするかもしれない」
「その可能性は考えていました」
「だから。」
アルドが一歩、近づいた。
「俺が傍にいる」
「局長は審問会の傍聴席にいてくださるんでしたね」
「ああ。だが、それだけではない」
「では」
「君が証言台に立っている間、絶対に何もさせない」
静かな言葉だった。
「絶対に、俺が守る」
声に出した言葉だった。
今まで、内心でそう思っていたことは分かっていた。だが、こうして口に出したのは、初めてだった。
「……」
私はしばらく、彼を見た。
「信じます」
「……何を」
「あなたを。あなたが守ると言うなら、守ってくれると信じます」
アルドが少し止まった。
「……それだけでいいのか」
「十分です」
「普通は、もっと確認するだろう。根拠は何かとか、どういう体制でとか」
「あなたが言うから信じます。それが理由です」
「……」
「理由として不十分ですか」
「十分すぎる」
小さな声だった。
私たちの間に、少しの間、沈黙があった。
「エルナ」
「はい」
「君を。」
アルドが少し止まった。
何かを言いかけて、言い直した。
「明日、よろしく頼む」
「はい」
「証言書は完璧だ。君の言葉も、絶対に届く」
「届けてみせます」
「……ああ」
彼が視線を外した。
少しの間が、あった。
「先に帰れ。明日は早い」
「アルド調査官殿は」
「もう少し残る」
「分かりました。では。」
帰り支度をしながら、振り返った。
アルドが窓の外を見ていた。
その横顔が、いつもより柔らかかった。
「おやすみなさい」
「……ああ。おやすみ」
局を出た。
夜の空気を吸った。
(信じます、と言えた)
今まで誰かを素直にそう信じたことは、前世でも今世でも、あまりなかった。
だがあの言葉は、迷わずに出た。
(明日、証言します)
心に決めた言葉は、静かで、揺るがなかった。




