第二十五話 最終事件の証拠固め、最後の証言のために
王国審問会への申請は、翌週に受理された。
審問会の日付は三週間後と決まった。
それまでの間、私とアルドは証言書の完成に向けて動き続けた。
七十三点の証拠を、審問会の形式に合わせて再整理する。
証拠ごとに番号を振り直し、どの証言と対応するかを明記する。
証拠の信頼性を示す補足説明を加える。
前世で経験した法廷書類の作り方が、そのままここで生きていた。
「この証拠は、第三の事件への第一の証言と対応させるより、第二の事件への第二の証言と並べた方が説得力が高いと思います」
「なぜ」
「第三の事件だけを見ると、ゴルトとの直接のつながりが薄く見えます。でも第二の事件の書類と並べることで、同じ手口が繰り返されていることが分かりやすくなります」
「……そうだな」
アルドが書類を取り出した。
「これが第二の事件の書類の中で一番鮮明なものだ」
「ありがとうございます。では、この順番で」
受け取って、整理書の該当箇所に番号を追記した。
(この人は、私の分析の方向性を正確につかんでいる)
「俺が書類を出す、君が分析する」。そういう役割が、いつの間にかできていた。
アルドは、私が何を必要としているかを把握している。私が「次の事件の書類が必要です」と言う前に、関連する書類を出してくれる。
最初の頃は、こちらが説明しなければ何も出てこなかった。いつからそうなったのだろう。
「ここは一点追加できるかもしれません」
「どこだ」
「フォルセ子爵の倉庫で発見した書類の写しを、証言書に加えます。第六の証言の補強になります」
「あれは保管室にある。取ってくる」
「ありがとうございます」
アルドが部屋を出た。
ベルトが入れ違いに入ってきた。
「エルナ嬢、昼食どうしますか。今日は誰も食事に行ってないんですよね」
「あ、もうそんな時間でしたか」
「午後二時です」
「……気づきませんでした」
「局長も気づいてないと思う。二人とも集中しすぎてて」
「申し訳ありません、皆さんに気を遣わせてしまって」
「いや、いいんですよ。ただ、このままだと夕方になっても誰も食べてないことになる可能性があるので」
「では、少し休憩を取った方がいいですね」
「そうしてください」
アルドが書類を持って戻ってきた。
「食事の時間を取っていなかった」
「はい。ベルトさんから言われました」
「では。」
「今日はここまでにして、食事をしましょう」
アルドが少し止まった。
「まだ証言書の十八ページが。」
「今日中に終わらせなくてよいことは、昨日決めました。三週間ありますので」
「……そうだな」
「無理に進めて間違いが出る方が困ります」
「それは正しい」
「では休憩を」
アルドが整理書を閉じた。
ベルトが「珍しい、エルナ嬢が止めた」と小声で言った。
「何か言いましたか」
「いいえ! 休憩しましょう!」
私は笑わなかった。
だが、口元が少し動いた。
外に出て、近くの食堂で食事を取った。
アルドは隣に座った。食事をしながら、まだ少し書類の話をしていた。
「証言書の構成は、審問会の委員が読んだときに分かりやすい順番にした方がいい」
「事件の時系列順より、証拠の重さ順の方がいいと思います。最初に一番確実な証拠を出して、印象を固める」
「……そうだな。審問会の委員の中に、ダルト卿と関わりがある可能性がある者もいる」
「分かっています。だからこそ、最初で決める必要があります」
「一番確実な証拠は」
「ダルト卿のサインが入った指示書です。あれが全ての始点」
「それを冒頭に置くか」
「はい」
アルドが少し頷いた。
食事をしながらの会話は、ほとんどが仕事の話だった。
だが、たまに関係ない話も混ざった。
「食堂のスープ、昨日より薄いな」
「そうですか。私はちょうど良いと思います」
「昨日の方が良かった」
「好みが出ましたね」
「……言ったことになるか」
「なりますね」
「……そうか」
アルドがスープを飲んだ。
私もスープを飲んだ。
こういう会話が、少しずつ増えていた。
仕事だけではない言葉が、二人の間に生まれてきていた。
それを、私はどう捉えるべきか、まだ決めていなかった。
(でも、悪くはない)
今日の言葉は、それだけでよかった。
食事を終えて、局に戻った。
証言書の続きを書いた。
アルドが隣で書類を整え続けた。
日が暮れるころ、「今日はここまで」とアルドが言った。
「はい」
「明日は十九ページから」
「わかりました」
「気をつけて帰れ」
「はい。おやすみなさい」
局を出た。
夜の空気が冷たかった。
三週間後、この証言書を審問会の場に持っていく。
それまで、確実に積み上げる。
(あと少しです)
前世の弁護士として、ずっとそう思い続けてきた言葉を、今世でも口にした。




