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証人令嬢エレノアは証言をやめません ~前世が弁護士なので、この状況はむしろ好都合ですわ~  作者:


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第二十三話 守れなかったら、私は何のために存在するんだ

 囮作戦から二日後。


 取り押さえた十三名の尋問が続いていた。


 そのうち一名が、ゴルト・クレステンの事務所の場所を明かした。


 調査局が動いた。


 「今夜、踏み込む」


 アルドが決断した。


 「エルナは残れ」


 「はい」


 素直に言った。今回は囮ではない。踏み込む場面に証人を連れていくのは無理だと分かっていた。


 「記録が必要な場面が来たら呼ぶ」


 「わかりました」


 局員たちが準備を始める中、私は書類室で証拠の整理を続けた。


 夜になった。


 局の中が静かになった。


 ほとんどの局員が出払った。残ったのは、留守番の若い局員と私だけだった。


 一時間が経った頃、廊下に足音が響いた。


 急いでいる音だった。


 「クレイン嬢!」


 ラインだった。


 「どうしましたか」


 「局長が……」


 「アルド調査官殿が」


 「踏み込んだとき、一人が刃物を持っていて。局長が庇って。」


 私は立ち上がっていた。


 「どこですか」


 「局内の治療室に。でも大事には至っていないと思います。切り傷で」


 「案内してください」


 治療室に入ると、アルドが椅子に座っていた。


 左腕に白い布が巻かれていた。局の医官が処置を終えたところだった。


 「エルナ」


 気づかれた。


 「お怪我の具合は」


 「大したことはない」


 「医官の方から聞かせてください」


 医官が説明してくれた。刃物による浅い切り傷で、縫合は不要だが、動かさずに安静にすること、との診断だった。


 「わかりました。ありがとうございます」


 医官が退室した。


 私はアルドの前に立った。


 「大丈夫ですか」


 「言っただろう、大したことはない」


 「大したことがないと本人が言っている場合、たいてい大したことがあります」


 「……前世の知識か」


 「事実に基づく判断です」


 彼が少し笑った。珍しかった。


 「心配しているか」


 「しています」


 「素直だな」


 「事実ですので」


 アルドが視線を下ろした。


 白い布の巻かれた左腕を見ていた。


 しばらく、沈黙があった。


 「あの場面で、部下の一人が先に動きそうになった」


 「はい」


 「だから俺が出た」


 「……」


 「それだけだ」


 「アルド調査官殿」


 「なんだ」


 「怪我は、誰かをかばったからですか」


 「業務の範囲だ」


 「業務の範囲に、かばうという行為は必ずしも含まれないと思います」


 「……」


 「守れなかったことへの後悔があるから、守ろうとした」


 アルドが顔を上げた。


 「……何が言いたい」


 「五年前の話を思い出していました。守れなかった人の話」


 「関係ない」


 「関係ないとは思えません。あなたはいつも、守ることに対して、普通より多く動きます。それは、五年前からくるものだと思っています」


 「……」


 「守れなかったら、私は何のために存在するんだ、と思っていませんか」


 アルドが、静かに私を見た。


 長い沈黙だった。


 「……なぜ分かる」


 「分かります。前世で、守れなかった依頼人がいたから」


 私は一歩、近づいた。


 「依頼人の事件で負けたことがありました。最善を尽くした。でも証拠が足りなかった。依頼人は不当な結果を受けた。私は長い間、自分の存在意義を疑っていました」


 「……」


 「でも弁護士の仕事を続けました。次の依頼人を守るために。一件の失敗が、すべての理由を消すわけではない。そう思ったから」


 「それが、続けた理由か」


 「はい。あなたも同じだと思います。五年前の一件が、あなたのすべての意味を消したわけではない」


 アルドが視線を外した。


 窓の外を見た。夜の暗さの中に、街の灯がいくつか見えた。


 「……わかっていても、感じてしまうことがある」


 「はい」


 「君が怪我をしたら、同じことになると思っていた。今夜も」


 「私は怪我をしていません」


 「だが、可能性はあった」


 「はい。だから私は証言をやめません」


 アルドが振り返った。


 「……どういう理屈だ」


 「証言をやめることは、真実から逃げることです。私は逃げません。でも、あなたに守ってもらいながら証言する。それが今の私のやり方です」


 「俺が守ることを、前提にしているのか」


 「前提ではなく、信頼です」


 アルドが、少しの間、私を見た。


 「……信頼されているのか」


 「第十六話。いえ、あの夜から、そう決めました」


 「そうか」


 「はい」


 また沈黙があった。


 今回の沈黙は、重くなかった。


 「お怪我の回復を、お祈りしています」


 「……ありがとう」


 珍しい言葉だった。


 「おやすみなさい、アルド調査官殿」


 「ああ。おやすみ」


 私は治療室を出た。


 廊下でラインが待っていた。


 「大丈夫でしたか」


 「はい。局長も、大事ではないようです」


 「そうですか……なんか、二人でいろいろ話してましたね」


 「少しだけです」


 「局長が長い時間話せる相手って、エルナ嬢くらいだと思います」


 「そうですか」


 「俺たちには、ああいう話はしてくれないので」


 私は少し止まった。


 「あなたたちも、信頼されていると思います。ただ、伝え方が違うだけで」


 「……そうかな」


 「あなたたちの方が、一緒にいる時間が長いでしょう」


 「それはそうですが」


 「だから、大丈夫です」


 廊下を歩きながら、今夜の言葉を思い返した。


 守れなかったら、私は何のために存在するんだ。


 その問いは、私も知っている。


 答えも、知っている。


 (それでも証言する、それだけで十分です)


 心の中で静かにそう思い、玄関へ向かった。


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