第二十二話 囮作戦、予定外に成功しすぎました
囮作戦の準備に三日かけた。
まず、私が「重要な証拠を単独で保管している」という情報を、意図的に漏らした。方法は簡単だった。フィル・ガナンとの接点があった商人の一人に、ごく自然な会話の中で示唆した。その商人がゴルトに報告する経路は確認済みだった。
次に、書類を「移動させる」という情報も流した。
「クレイン邸から調査局へ、明後日の午後に書類を運ぶ予定です」
そう伝えた。
移動中が最も手を出しやすいタイミングだと、相手が判断するはずだった。
当日の朝、アルドが簡単な確認をした。
「計画通りに動く。変更はないか」
「ありません」
「馬車のルートは事前に漏らしてある」
「はい。北通りの市場前を通る経路です」
「局員は三カ所に先回りして待機している。俺は後方の馬車から追う」
「わかりました」
「何かあったら窓から見えるように合図を」
「手を出す、でいいですか」
「それでいい」
「ではそれで」
馬車に乗り込んだ。
書類の入った鞄を膝の上に置いた。中身はほとんど白紙だが、外から見る限りは分からない。
馬車が動き出した。
北通りに入った頃、後ろの馬車の気配が変わった。
窓から確認するのは危険だったが、外からの音と馬車の揺れで分かった。後ろの馬車が速度を上げている。
計画通りだ、と思った。
だが次の瞬間、馬車が急停止した。
「な。」
御者席から声が聞こえた。
「前に馬車が二台! 通れない!」
想定外だった。
前からも来ている。
挟まれる形だ。
(これは、計画の上をいかれた)
前と後ろ。
窓を見ると、右側の路地から人が来るのが見えた。
三方向。
(思ったより大人数だ)
私は鞄を持って、馬車の中でじっとしていた。
記録スキルを起動させた。見えるものをすべて記録する。顔、人数、馬車の番号板、服の特徴。
ドアが外から叩かれた。
「鞄を渡せ」
「なぜですか」
「黙って渡せ」
「鞄を渡す理由がありません。あなたたちにこれを要求する権限がありますか」
「……うるさい女だ」
ドアが引き開けられた。
男が手を伸ばしてきた。
その瞬間、路地の方から蹄の音が響いた。
一頭じゃない。複数だ。
「衛兵だ!」
男が叫んだ。
馬車を囲んでいた男たちが一斉に動いた。しかし前の路地はすでに塞がれていた。後ろも同様だった。
(ベルトとラインが先回りしていた)
短い混乱の後、男たちは取り押さえられた。
私は馬車の中でじっとしたままだった。
ドアが開いた。
今度はアルドだった。
「怪我はないか」
「はい」
「本当に」
「本当です。記録スキルで全員の顔を記録しました。十三名います」
アルドが少し目を細めた。
「怖くなかったのか」
「ドアが開いたときは少し焦りました」
「それでも記録を取っていたのか」
「スキルが動きますので。あと、何かに集中していると怖さが薄れます。前世でも法廷でそういうことがありました」
「……君という人は」
何か言いかけて、止まった。
ベルトが近くに来た。
「全員確保しました。十三名。うち二名がゴルト・クレステンの直属の手下だと思われます」
「よくやった」
「エルナ嬢の囮がきれいすぎて、こっちが焦りました。前と後ろだけじゃなくて横からも来るとは思ってなかったので」
「私も予想外でした」
「でも記録は取ってたんですね」
「動いてしまいますので」
ベルトが「すごいというか、怖いというか……」とつぶやいた。
アルドが馬車の横に立ったままだった。
「次の作業は」
「記録した映像から全員の特定を進めます。この中から、ゴルトへの接触経路をたどれると思います」
「そうだな」
「それができれば、黒幕に一歩近づけます」
アルドが頷いた。
だが、視線はまだ私から離れなかった。
「アルド調査官殿、何かありますか」
「……いや」
「顔色が悪いですが」
「悪くない」
「そうですか」
「ただ」
彼が少し止まった。
「思ったより、肝が据わっているな」
「前世の弁護士経験が多少役立っていると思います」
「そうじゃないかもしれない」
「では何ですか」
アルドが、私を一瞬だけ、まっすぐ見た。
「……もう少しくらい、怖がってもいい」
「そうでしょうか」
「俺が怖かった分まで、いくらか怖がってくれ」
「……アルド調査官殿が怖かったんですか」
「業務上の懸念だ」
「そうですか」
「そういうことだ」
彼は視線を外した。
私は少し、口元が動きそうになったのを堪えた。
「業務上の懸念として、今回はご心配をおかけしました」
「……ああ」
「次はもっとうまくやります」
「次は囮をやらなくていい」
「でも」
「今回で十分だ」
私はそれ以上は言わなかった。
馬車を降りて、取り押さえられた男たちの前に立った。
記録した映像を参照しながら、一人ずつ確認する。
(今日で、一歩進んだ)
黒幕への道が、少し短くなった。
その確信があった。




