第二十一話 証人を守るのと、証人を愛するのは、違うことだと思っていました
フィル・ガナンへの事情聴取の結果、予想通りのことが判明した。
彼は三年間、ゴルト・クレステンの指示を受けて、調査局の内部書類への不正アクセスを行っていた。証拠書類の写しを渡す代わりに金を受け取っていた。
「単独ではない、もっと上にいる」
彼はそれだけ言って、黙った。
接触できる人物の名は明かさなかった。
だが、それでも十分な情報が得られた。
「黒幕は、調査局の書類を入手できる立場にある人物から情報を買っていた。という事実が確定した」
アルドが整理書を閉じながら言った。
「はい。そしてゴルト・クレステンは、独立した商人ではなく、誰かの指示を受けている可能性が高い」
「三つの事件すべてを仕込むだけの力を持つ人物というのは。かなり上位だ」
「そう思います。王族の近親者、あるいはそれに近い権力を持つ者でないと、ここまでの工作は難しい」
「……候補は絞れているか」
「絞りつつあります。ただ、まだ証拠が足りません」
「証拠を積むには、こちらから動く必要がある」
「はい」
私は少し止まってから、言った。
「一つ、提案があります」
「聞こう」
「囮捜査です」
室内が静かになった。
アルドが、ゆっくりこちらを向いた。
「……詳しく聞かせてもらおうか」
「相手は証人をつぶそうとしています。私がまだ重要な証拠を持っていると思わせて、動いてもらう。その動きを記録スキルで捉える。証拠を取りに来たところを押さえれば、黒幕との接触を証明できます」
「エルナが囮になるということか」
「私以外に、記録スキルを使える人間がいないので。それに、相手が狙っているのは私ですから、私が動かないとおびき出せません」
「断る」
即答だった。
「理由を聞かせていただけますか」
「危険だ」
「そうですが、適切な体制を整えれば。」
「危険だ」
「二回目ですね」
「それだけだ」
「論理的な反論がない場合は、感情的判断ということでよいですか」
アルドが少し眉を動かした。
「……どういう意味だ」
「つまり、危険だという以外に反対できる理由がない、ということではないかと思いまして」
「ある」
「どういう理由ですか」
「君は証人だ。囮にする立場ではない」
「証人を囮にしてはいけないという規則は、調査局の内規にありましたか」
「……そういう問題ではない」
「では問題は何ですか」
アルドが立ち上がった。
窓の方に移動した。背中を向けたまま、少しの間黙っていた。
ベルトとラインは、息をひそめていた。
「君が怪我をしたら、俺が。」
「反論してもいいですか」
「まだ話している」
「すみません」
「俺が、それを見ていられない」
「……」
「それだけだ」
私はしばらく、彼の背中を見た。
寡黙な人がそれだけの言葉を出したということは、それ以上のことを言いたかったということだと思う。
「わかりました」
「ならやめるか」
「やめません」
「……」
「でも、アルド調査官殿の懸念は理解しました。なので、提案を少し変えます。私が完全な囮になるのではなく、局員の皆さんが先回りできる状態で動く。私は入口だけを引き受けて、後は全部お任せする。それならどうですか」
「……君は本当に困った人だ」
「よく言われます」
「言われているのか」
「主にアルド調査官殿に」
「……そうか」
彼が振り返った。
表情はいつものように静かだった。だが、目の奥に何かがあった。
「一つ条件がある」
「はい」
「俺が傍にいる」
「囮作戦に局長が同行するのは、かえって目立つのでは」
「離れた場所でいい。君が見えるところに、俺がいる」
私はその言葉を聞いた。
(この人は本当に、心配性だ)
だが、それが今は、少し嬉しかった。
「わかりました。その条件で進めましょう」
「……了解した」
アルドが席に戻った。
ベルトが小声でラインに言った。
「……局長、結局折れた」
「エルナ嬢、説得がうまい」
「論理で言い負かされてたじゃないですか」
「そうじゃなくて、局長自身が折れたかったんだと思うけど」
「どういう意味ですか」
「……なんでもないです」
私は聞こえていたが、何も言わなかった。
ただ、整理書を開いて、囮作戦の計画を書き始めた。




