表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
証人令嬢エレノアは証言をやめません ~前世が弁護士なので、この状況はむしろ好都合ですわ~  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/22

第二話 法廷には立ったことがありません、でも証言台には立てます

 召喚状が届いた翌朝、私はまず机に向かった。


 証言台に立つ前に、やるべきことがある。


 前世では弁護士として二十年、依頼人の証言を準備する側の人間だった。証言台に立つのは常に依頼人であり、私ではなかった。だから「証言者として呼ばれる」という経験は、今世においても前世においても、初めてのことだった。


 だが、準備の方法は知っている。


(まず、自分が知っていることと、知らないことを整理する)


 頭の中で前世の自分の声が響いた。証言者を準備するとき、何度も繰り返してきた言葉だ。


 白紙に向かい、筆を走らせた。


 記録スキルが保持する情報は、映像として頭の中にある。だがそれを言語化し、他者に伝わる形に整理するには、手で書き出す作業が必要だった。書くことで、整理できる。前世でも今世でも、それは変わらない。


 十日前の夜会での記録。


 ヴィオネ嬢の位置。私が確認できた時間帯。談笑していた相手の顔。退出せずにホールにいた時間帯。そして、私の視界に入らなかった死角の範囲。


 一つひとつ書き出しながら、客観的に眺めた。


(私が記録できているのは、あくまで私の視界の範囲だ。ホール全体ではない)


 これが弱点だ、と冷静に認識した。


 「記録・論証」スキルは見たものを正確に保存する。だが見ていない場所で何が起きたかは分からない。証言としての価値はあるが、万能ではない。


 それでも、あの夜の状況と「機密書類を渡した」という証言とのあいだには、明確な矛盾がある。その矛盾を正確に指摘することはできる。


 書き終えた紙は、二枚になっていた。


 証言する内容、証言できない内容、矛盾として指摘できる点、私の証言の限界。すべてを整理すると、今日自分が言えることと言えないことが明確になった。


 弁護士として証言者を準備するとき、いつもこうしていた。証言は事実の確認であり、推測ではない。言えることだけを言い、言えないことは言えないと述べる。それが証言者として誠実な姿勢だ。


 写しを一部作って、書類を鞄に入れた。


 「大丈夫か」


 玄関で父が心配そうに声をかけてきた。


 「大丈夫です。ご心配なく」


 嘘ではなかった。緊張はある。だが、準備はできている。


 馬車を呼び、王城の別棟へ向かった。



 王国証拠調査局の建物は、王宮の主棟とは打って変わって地味だった。


 石造りの外壁、装飾のない門。廊下には豪奢な燭台ではなく実用的な照明石が等間隔に並び、絨毯のない床は磨かれているが飾り気がない。香水の匂いも、貴族の社交の気配もない。ここは働く場所だ、と一目でわかった。


(なんとなく、前世の事務所に似ている)


 そう思ったら、少しだけ気持ちが落ち着いた。


 案内された先は、会議室だった。長いテーブルが中央に置かれ、壁際に書類棚が並んでいる。窓から差し込む午前の光が、積まれた書類の白さを照らしていた。


 しばらく待つと、ドアが開いた。


 入ってきた男は、私の予想より若かった。


 二十代後半か、三十代の入り口か。濃い焦げ茶色の髪を後ろで一つに結んでおり、灰色がかった青の目が涼やかだった。身なりは整っているが、装飾品は一切ない。調査官の制服を、きちんと着ていた。


 表情には、何もなかった。


 怒っているでも愛想がいいでも警戒しているでもない。ただ、何も読めない顔だった。


 男は私を見て、一瞬だけ止まった。


 「君が、クレイン伯爵令嬢か」


 問いというより、確認だった。声は低く、落ち着いている。


 「はい」


 「アルド・カストだ。王国証拠調査局の調査官を務めている」


 短い自己紹介だった。余計なことを一切言わない。前世で何人も見てきた「仕事ができる人間」の匂いがした。


 彼は椅子を引いて座り、書類をテーブルに置いた。


 「十日前の夜会に出席していたと記録にある。ヴィオネ・アルデン侯爵令嬢の件について、話を聞かせてもらいたい」


 「承知しました」


 私は鞄から紙を取り出した。


 調査官の目が、かすかに動いた。


 「それは?」


 「証言の前に内容を整理しておきました。私が証言できることと、できないことに分けてあります。調査の効率のためにお役に立てればと思いまして」


 返答がなかった。


 三秒ほど、彼は私を見ていた。その目に何かが映った気がしたが、表情からは読み取れなかった。


 「……話してもらおうか」


 私は整理書に沿って証言した。


 十日前の夜会でのヴィオネ嬢の動向。確認できた時間帯と位置。スキルによる記録の性質と範囲。そして、私の視界の外に生じた可能性のある死角についても。隠さず、正直に述べた。


 調査官は一言も遮らなかった。メモを取りながら、静かに聞いていた。


 話し終えると、彼はしばらく書いたものを見ていた。


 「確認したい。君のスキルは王国魔法省の鑑定を受けているか」


 「はい。転生付与スキルとして認定登録されています」


 「記録の改ざんは可能か」


 「不可能です。スキルの特性上、映像そのものは変質しません。私が主観的な解釈を加えることは可能ですが、それを区別する手段も存在します」


 「確認する方法は」


 「魔法省の鑑定士に立ち会っていただければ、スキルの記録を外部から閲覧する術があるかと存じます。私の側でその術は使えませんが」


 アルドが短くメモした。


 また沈黙があった。


 「この整理書を局で預かっていいか」


 「どうぞ。写しがありますので」


 今度こそ、彼の目が変わった。


 微かな。ほんの微かな変化だったが、私にはわかった。前世で何年も人の顔を読んできた目がある。あの目は「予想外だ」と言っていた。


 「写しまで用意してきた証言者は、初めてだ」


 それだけ言って、彼は書類を手に立ち上がった。ドアへ向かいながら、一度だけ振り返った。


 「ありがとう。参考になった」


 扉が閉まった。


 私は静かに息を吐いた。できることをした。あとは調査局が判断する。


 そう思いながら席を立ち、廊下を歩いて建物の外へ出た。


 春の光が目に痛いほど明るかった。


(参考になった、か)


 アルド調査官の言葉を、もう一度心の中で繰り返した。


 「参考になった」と言ったときの彼の目と、「写しまで用意してきた証言者は初めてだ」と言ったときの目とは、少し違っていた。


 前者はただの感謝の言葉だったかもしれない。だが後者は。何かを見極めようとしている目だった、と思う。


 前世で何度も見てきた目だ。


 依頼人が初めて証言台に立つ前夜、私が「証言できることとできないことを全部整理してきた」と言ったとき、裁判官がそういう目をすることがあった。


 「この人物は、ただの証言者ではない」という目だ。


(今さら、そんなことを)


 馬車を待ちながら、苦笑いが出た。


 ただ証言をしに来ただけだ。前世の習慣で、整理書を作ってきただけにすぎない。


 なのに、どうしてあの目がこんなに頭に残るのだろう。


 馬車に乗り込みながら、私はまだその目のことを考えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ