第十五話 護衛をつけるのは過保護です、でも断れません
翌日の朝、調査局に出向くと、アルドがいつもと違う顔をしていた。
「座ってくれ」
「はい」
「護衛をつける」
開口一番そう言った。
「……護衛、ですか」
「昨日の脅迫状の件だ。昨晩、届け主の特定ができた。王都の外れを拠点にする、小規模だが組織的な集団だ。過去にも、調査局が追っていた連中と関わりがある」
「それは……思ったより本格的ですね」
「そういうことだ。だから護衛をつける」
「お気持ちはわかります。ただ、私には必要ないかと思います」
アルドが私を見た。
「理由を聞こう」
「護衛がついていれば目立ちます。それよりも、注意して行動する方が実際は安全ではないでしょうか。それに、刺繍の時間も確保したいですし、護衛がいると。」
「それは理由にならない」
「でも」
「つける」
「護衛の必要性が、実際の脅威と釣り合っているかどうかを。」
「エルナ」
初めて、名前を呼ばれた。
姓でも「クレイン嬢」でもなく、名前だけで。
思わず黙った。
アルドが立ち上がって、窓の前に移動した。背を向けたまま、少し間を置いてから話した。
「俺は以前、一人、守れなかった者がいた」
静かな声だった。
「五年前だ。当時、俺が担当していた案件に、証言者として協力してくれた人物がいた。証拠を持っていた。組織に狙われる可能性があると分かっていた」
「……」
「護衛をつけることを提案した。断られた。必要ないと言われた。俺も押しきれなかった」
彼が少し止まった。
「三日後、その人物は怪我をした。重傷ではなかったが。俺が護衛を押しきれなかったことで、防げた怪我だった」
振り返ったアルドの顔は、いつも通りの静かな表情だった。だが、目の奥に何かがあった。
「俺は、同じことを繰り返さない」
「……」
「だから護衛をつける。これは業務上の判断だ」
私はしばらく、彼を見ていた。
五年前の話。守れなかった人。
それを話したのは、初めてのことだと思う。
「……わかりました」
「いいのか」
「はい。調査官殿のご判断を尊重します」
アルドが少し止まった。
「素直に受け入れるのか」
「あなたがそこまで言うのなら、理由があると思います。理由がある判断に、私が私の都合だけで反対するのは、フェアではない」
「……フェア」
「前世の言葉です。公平、という意味です」
アルドがまた少し止まった。
「わかった」
「護衛の方はいつから」
「今日から。ラインに同行してもらう」
「ラインさんに、ご迷惑をかけて申し訳ないです」
「業務だ、迷惑ではない」
「でも、私の仕事のために動いてもらうわけですから」
「それが調査局の仕事だ」
彼は短くそう言って、書類を手に取った。
話が終わった、という合図だった。
私は席につき、作業を始めながら、アルドの言葉を思い返した。
五年前。守れなかった人。同じことを繰り返さない。
この人は、自分のことを言葉にするのが苦手だ。日常の気遣いも言葉にしない。感情も言葉にしない。
けれど、あの言葉は。言葉にしないわけにいかなかったから、話したのだろう。
(私に護衛をつけるための理由として言ったのだろうが)
それでも、あの話を打ち明けることは、彼にとって簡単ではなかったはずだ。
「ありがとうございます」
小声で言った。
アルドは書類から目を上げなかった。
だが、「ああ」と短く答えた。
それで、十分だった。




