第十四話 エルナ嬢を狙う者がいます
翌朝、封書が届いた。
調査局からではなかった。差出人の名前がなかった。
差出人のない封書が届くこと自体、珍しい。侍女が玄関で受け取ったとき、郵便配達ではなく、誰かが直接置いていったらしいということだった。
中を開けると、一枚の紙が入っていた。
「調査を止めるか、痛い目を見るか、どちらか選べ」
それだけだった。
私は少しの間、その紙を見つめた。
(脅迫状、か)
正確には、こういうものを脅迫状という。選択肢を提示して行動を強要しようとしている文書だ。前世でも、依頼人がこういうものを受け取ったことが何度かあった。
まずすべきことは。証拠として保管することだ。
封書ごと、書類入れに丁寧に収めた。配達経路も後で確認が必要だ。
次に、調査局に連絡する。
「すぐ参ります」とだけ書いた返信を書いて、馬車を呼んだ。
調査局に着くと、受付でアルドを呼んでもらった。
会議室に入ると、彼がすでに待っていた。
「急に来たが、何かあったか」
「はい。これを」
私は封書を取り出して、テーブルに置いた。
アルドが手に取り、中の紙を読んだ。
読んでいる間、彼の表情が変わった。
「……いつ届いた」
「今朝です。侍女が玄関で受け取りました。郵便配達ではなく、誰かが直接置いていったようです」
「配達した人物の描写は」
「確認中です。侍女が見ていた範囲では、青いマントを着た男性とのことでした」
アルドが封書を机に置いた。
「証拠として保管するつもりで持ってきたか」
「はい。封書ごと。受け取った時間と状況も記録してあります」
彼が私を見た。長めに見た。
「……怖くなかったか」
「少し驚きました。ただ、脅迫状を受け取ったときの対応は、前世で依頼人に教えていたことがありましたので。とにかく証拠として保管して、然るべき機関に届ける。それが最初にすべきことだと思って」
「その通りだ」
「ですよね」
アルドがベルトとラインを呼んだ。
三人で短く協議した。
「配達した人物の特定を急ぐ。クレイン邸の周辺の警戒も強化する」
「はい」
「クレイン嬢、しばらくの間、一人での外出は控えてもらいたい」
「先日も同じことをおっしゃっていましたね」
「今度は冗談ではない。それなりに本気の連中が動いている可能性がある」
「……わかりました」
素直に答えた。今回は、軽く流せる話ではないと分かっていた。
ベルトとラインが部屋を出た。
アルドが一人、封書を再び手に取った。
「この文面は、調査が核心に近づいていることを意味する」
「そうだと思います。誰かが焦っている」
「焦らせているということは、こちらが正しい方向に動いているということだ」
「そうですね」
私はテーブルの上に整理書を広げた。
「では、引き続き進めましょうか」
アルドが私を見た。
「怖くないのか」
「怖いです。でも、止まる理由にはなりません」
「……なぜ」
「証言を止めることは、真実を止めることです。それは私にはできません」
しばらくの間があった。
アルドが封書を書類袋に入れて、棚に収めた。
その背中を見ながら、私は気づいた。
さっきから、アルドの動きが、いつもより少し速い。
普段は落ち着いた所作をする人が、今日は違う。
焦っているわけではない。だが、何かが張り詰めている。
(この人は、今、怒っているのかもしれない)
脅迫状を誰かが送ってきたことに対して。
それに気づいたとき、胸の中に不思議な温かさが生まれた。
「アルド調査官殿」
「なんだ」
「ご心配をおかけして、申し訳ありません」
「……俺は心配などしていない」
「そうですか」
「心配ではなく、業務上の懸念だ」
「そうですか」
「そういうことだ」
「わかりました」
私は整理書に目を落とした。口元が少し、動いていたかもしれない。
(業務上の懸念。なるほど)
心の中で静かに繰り返した。
アルドが席についた。
「続けよう」
「はい」
二人で、作業を再開した。
その日のアルドは、一度だけ私の手元を確認するように視線を向けた。何かを言うわけではない。ただ、確認していた。
(俺が守る)
その言葉は、声に出ていなかった。
けれど。なんとなく、そういう意思が伝わってくる気がした。気のせいかもしれない。
前世の感覚が、「気のせいではない」と言っていた。




