第十二話 貴族横領事件の真相は、もっと深いところにある
一週間後、書類の全体像がほぼ見えてきた。
私は会議室の大きなテーブルに、分析した書類を並べていた。横に整理書を置き、矛盾の箇所に印をつけた地図も広げている。
アルドと、それからベルトとラインも同席していた。
「順を追って説明します」
私は整理書の最初のページを開いた。
「バルセン子爵の横領は、単独ではありません。フォルセ子爵、クリスタン男爵、そしてゴルト・クレステンという貿易商。この四者が関わっています」
図に矢印を書きながら続けた。
「資金の流れはこうです。まずゴルト・クレステンが、実際には存在しない取引をバルセン子爵名義で書類上に作ります。その架空取引の差額が、フォルセ子爵を経由して引き出される。引き出された資金の一部が、クリスタン男爵へ渡っている」
「クリスタン男爵は、王太子の法律代理人だった人物ですよね」
ラインが確認した。
「はい。クリスタン男爵は、資金を受け取る代わりに、王太子の側で証言をした。つまり、ヴィオネ嬢への虚偽の証言は、この横領を隠蔽するための工作だったと考えられます」
会議室が静かになった。
「工作の目的は何だ」
アルドが聞いた。
「ヴィオネ嬢の父親、アルデン侯爵が、王都の復興支援事業の監査委員を務めています。監査委員が婚約破棄の騒動に巻き込まれることで、監査に集中できなくなる。監査の目を逸らすことが目的だったのではないかと思います」
「監査を逸らして、その間に公金を横領する、ということか」
「そう推測されます。ただ、これはあくまで書類上の読み取りです。確証はありません」
アルドが腕を組んだ。しばらく考えていた。
「整合性はある」
「矛盾点をすべて排除すると、こういう構造になります」
ベルトが書類を一枚手に取り、確認した。
「俺、この書類、最初に見たときは普通の取引記録だと思ってたんですが」
「表面上は普通に見えます。ただ、他の書類と数字を照合すると、どこかで必ずずれが出てくる仕組みになっています。一枚だけ見ていると気づかないのですが、束全体を見ると見えてきます」
「……よくそこまで気づいたな」
ベルトが、少し素直な声で言った。
「前世で似た構造の案件を扱ったことがありましたので」
「また前世の話か。でも……助かったな」
ラインも頷いた。
「俺も最初の書類だけ見たとき、これが全体の一部だとは思わなかったです」
アルドが再び口を開いた。
「よくここまでたどり着いた」
普段と変わらない口調だったが、何かが違った。
「感心している、ということですか」
「している」
「ありがとうございます。でも、書類が全部揃っていたからです。それを分析したのは私ですが、集めたのは調査局の皆さんです」
ベルトが小声で「それを言うか」とつぶやいた。
アルドが短く言った。
「今後の方針を決める。この分析を基に、四者への接触を検討する」
「はい」
「引き続き頼む」
「了解しました」
会議室に、静かな緊張感が広がった。
四者。虚偽証言。公金横領。
これは、私が最初に想定していた規模をはるかに超えた案件だった。
一枚の証言書類から始まった仕事が、こんなに大きな絵につながるとは、思っていなかった。
(弁護士をしていた前世でも、こういう展開になることがあった)
小さな矛盾を追いかけた先に、大きな不正が見える。あの感触と、今は同じだ。
違うのは、前世は法廷で戦う立場だったが、今は調査局で証拠を積む立場だということだ。
だが、やることの本質は変わらない。
真実に、正確に、近づいていくこと。
窓から差し込む光の中で、私は次のページの書類を手に取った。




