第十一話 証拠書類の整理は、前世でも今世でも同じです
その日の作業は、書類の整理だった。
バルセン子爵の関連書類が新たに届き、これを既存の記録と照合する作業が必要だった。量が多い。一人で行う場合、丸一日かかるかもしれない。
私は朝から小部屋に籠もって、黙々と作業をしていた。
書類を一枚ずつ手に取り、記録スキルを起動し、既存の記録と照合する。矛盾があれば印をつけ、別のまとめに記録する。それを繰り返す。
単調だが、集中できる仕事だ。
前世でも、こういう作業は苦にならなかった。
(むしろ、好きだったかもしれない)
証拠書類の整理。事実を積み上げること。パズルのピースが一つずつはまっていく感覚。
前世の弁護士時代の記憶が、ふと浮かんだ。
あれは、法律事務所に入って五年目の冬だった。
難しい案件を一人で抱えていた。依頼人は若い女性で、職場での不当解雇を訴えていた。証拠が少なかった。相手側の会社は大きく、弁護士も優秀だった。
毎晩遅くまで事務所に残り、書類を読んだ。
一枚一枚。記録を照合し、矛盾を探した。
三週間後、見つけた。
社内の通達書類の中に、日付の改ざんがあった。ほんの小さな矛盾だった。だが、その一点が糸口になり、最終的に依頼人は勝訴した。
あの日、事務所の窓から外を見ながら思った。
(正しいことが証明された)
その感触は今も、どこかに残っている。
(今世でも、同じことをしているのかもしれない)
手を止めて、窓の外を見た。
夏に向かう空が、明るかった。
「集中しているところ悪いが」
部屋のドアが開いて、アルドが顔を出した。
「何でしょうか」
「バルセン子爵の取引先に、新しい名前が出てきた。局内で確認が取れていない人物だ。君の書類の中にその名前が出てくるかどうか、確認してもらいたい」
「名前を教えていただければ」
「ゴルト・クレステン。貿易商だ」
私は書類の束を素早く確認した。記録スキルで保存した書類の映像を頭の中で再生する。
「……あります。第三束の中ほどに一枚」
「どんな内容だ」
「バルセン子爵との食料品の取引記録ですが、この取引は他の記録と照合すると数量が合わない。ゴルト・クレステン名義の取引だけ、数字の桁が一つ多い」
「桁が多い」
「他の取引と比較すると不自然な量です。架空かもしれません」
アルドが部屋に入ってきて、私の隣に立った。書類を受け取って確認する。
「確かに」
「ゴルト・クレステンという人物は、どういう方ですか」
「三年前から王都に現れた貿易商だ。素性が不明瞭で、局でも追っていた」
「先日の件。フォルセ子爵の書類にも、似たような構造があったかと思います」
「そうだ。だから君に確認したかった」
アルドが書類を机に戻した。そのまま、少し黙った。
私も手を止めて、向き合った。
「調査官殿、一つお聞きしてもいいですか」
「なんだ」
「今回の案件、バルセン子爵の横領疑惑というところから始まりましたが。これは、最初のヴィオネ嬢の件とつながっていますよね」
「……なぜそう思う」
「フォルセ子爵、クリスタン男爵、バルセン子爵、そしてゴルト・クレステン。全員、同じ構造の書類で繋がっています。これは組織的な動きに見えます」
アルドが私を見た。
「調査局として、そこは以前から疑っていた」
「では、私がたどり着いたことは。」
「正しい方向だ」
短く、はっきりと言った。
私は書類に目を落とした。
(あの日の事件と、今の事件がつながっている)
ヴィオネ嬢の婚約破棄から始まり、フォルセ子爵の書類へ、そしてバルセン子爵の横領疑惑へ。これは一本の線でつながっている。
糸を一本引くと、奥に大きな布が見えてくる感覚がした。
「この件の終わりは、どこにあると思いますか」
私は何気なく聞いた。
アルドが少し間を置いた。
「まだわからない。だが。君が書類から見つけてくれた糸が、いくつかある。それを追っていく」
「役に立てているなら、よかったです」
「立っている」
彼は短くそう言って、書類を手に部屋を出た。
私は再び作業を始めた。
書類を一枚一枚、丁寧に。
前世でも今世でも、やることは変わらない。ただ、証拠を積み上げる。真実が見えるまで。
窓の外の空が、少しずつ夕方の色に変わっていった。




