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そう、だから君を奪うことにした  作者: 瑞月風花
第一章『生贄のような花嫁』

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「ロジェとミモザの夫人」②


 ロジェは日に日に鳥らしくなってきていた。

 そして、羽をばたつかせることも増えてきた。

 その声も鳴き声から、囀りになることもある。

 だけど、私を見ると大きな口を開けて、ご飯をねだる。

 そして、時にロジェを掌に乗せながら、その囀りに耳を傾け、そのお喋りに付き合う。


「ロジェは何が言いたいの? お腹が減ったの? 空へ飛びたいの?」

 そんな様子を窓の外の兵隊さんが見て笑う。

「もう数日もすれば飛び立つかもしれませんね」

 ……飛び立ってしまうのね。

 その言葉に少し寂しい気持ちになってしまうけれど、せめてロジェだけでも自由に空を飛べるといい、そうも思う。

 そして、そんな私の様子を心配するように、兵隊さんが別の言葉をくれた。


「あぁ、旦那さまがおかえりになるのでしたね。どうしましょうか。私が預かっておきますか?」


 そうだった。

 あっという間の十四日。

 そう、ロジェは小さなロゼッタだから、“ロゼッタ”をずっと探し続けている旦那さまの化け物がぱくりと食べてしまうかもしれない。

 だけど、もうすぐ飛び立ってしまう彼女と離れるのは、やはり辛い。


「……まぁ、その鳥かごは小さいものですし、大きな布をかけておけば見つからないかもしれませんね」

 私の沈黙に、兵隊さんは別案を示し、微笑んだ。


 そうね。

 そう……よね……。

 ロジェはかくれんぼが得意だから、きっと大丈夫ね。


「そうします」

「解決ですね。では、私は失礼します」

 窓を閉めようとする兵隊さんに、私は急いで声をかけた。

「兵隊さん、……ありがとう、ございました」

 閉まりゆく窓が一時だけ止まると、「いいえ。お役に立てて幸いです」と、いつもよりほんの少し硬い声が聞こえて、ゆっくりと窓が閉まった。


 夕方のロジェの給餌が終わり、チェストの抽斗を眺めた。ロジェを寝かしつける前に、ハンカチを探しておこうと思ったのだ。

 そして、その手が止まった。


 ――そう、あの化け物が帰ってくる。


 そう思うだけで胸の奥が急に寒くなった。

 今まではそんなことはなかったのに。

 ロジェが戻ってきたから……、温かさを知ったから……。


 私は気を紛らわせるようにして、チェストの抽斗からもっと大きめのハンカチを取り出して、ロジェのとり籠に掛けてみた。

 ちょうど鳥かごにすっぽりかぶせられる。

 これで見えない。


 だけど、ペタペタの頃は、近づかなければ騒がなかったのだけど、ふわふわになってきた最近のロジェはすぐに小さな声を出してしまうから……。

 きっと、あの化け物はロジェのその声を可愛いとは思ってくれない。

「ロジェ、だから……」

 兵隊さんに預かってもらっておいた方が、良かったのかもしれない。

 だけど、……。

 風が頬を撫でていき、今度は窓が開いていることに気がついた。

 だけど、窓を開いたのは、私だったことも思い出す。

 開いた理由は、あのミモザの夫人が毎晩私を呼ぶから。


 あの日からずっと毎晩、私を呼んで、手招きするのだ。きっと、お話がしたいのだわ、そう思って開けている。いつのまにか、その窓辺へとふらりと立ち寄っていた。

 夕闇に包まれ始めたミモザの木は、黄金色に染まって見えた。蒼白い光の中で金色を放つ、そんな木の雰囲気よりも温かく。

 だから、彼女はまだいない。今日は、お話できないかもしれない。毎日、そこにいるミモザの夫人にはロジェがいるから行けないと、話をしていた。

 だから、何かご用事があるのであれば、こちらに来て欲しいとも、話していた。


 だって、ロジェがここにいるのだもの。私が行ったら、……。ロジェがひとりになってしまうの。

 ロジェは赤ちゃんだから簡単に食べられてしまうわ……。


「ミモザの奥さま……」

 ふと自分の着ているドレスが気になった。

 ふわりとしたドレス。踵の低い靴。どれもロドウェル卿の好みのものではない。私が好みでなかったならば、あの旦那さまの化け物が、ロジェを見つけてしまうのではないだろうか。


 そうよ。

 香を焚いて、あの窮屈なドレスを身に纏い、踵の高い靴を履いて出迎えればいいの。

 だって、そうしていたじゃない。

 ロゼッタが、ここにいた時も。

 石のお部屋で教えてもらったことを、教えられたとおりにすればいいのよ。

 やっと見つけた小さなロゼッタを、私は失いたくない、そう思っていた。

 それなのに、ドレスを着替え踵の高い靴を履いた私の不安はまったく拭えていなかった。


 ただ、怖いのだ。すべてが。


 聞きなれた足音。ノックのない入室。

 そして、現れたもの。

 帰ってきたばかりなのか、上等の上着も着たままで、だけど、ふしだらに上衣のボタンを外したその“男”は、片頬を引き上げ、聞くも堪えないそんな声で私を呼んだ。

「ロゼッタ」

 一瞬頬が引きつった。

 返事をしなければ、……そう、返事を。声をやっと絞り出す。


「はい……旦那さま」

「この日を待ちわびたぞ。愛しいロゼッタ。さぁ」

 両手を広げ私を待つその男。


 踵の高いこの靴じゃ、そんなに早くは歩けない。だけど、私の足はまったく進まず、進むことを拒み始める。踵が床の絨毯に突っかかり、体の重心までもがうまく取れない。しかし、少しも待てないその男が、私の腕を苛立たしそうに引っ張った。

 私の足がどうなろうと構わない。そんな風に引き寄せて私はそのままその醜い腕に拘束された。

 頭上からは、生臭いあの息と共に、いつもの不機嫌が降ってきていた。

「どうしてそんなに焦らすんだ? 話の分からない領民どもとの話し合いで、恐ろしく疲れているんだ。お前の役目は儂を癒すことだろう?」


 ――なぁ、儂の可愛いロゼッタよ


 ※※※


 まったく趣味が悪いことだな……。

 ハウエルはロゼッタの部屋にある窓の下に座り込み、そんなことを思った。

 救いは、あの色狂いのいやらしい言葉や怒鳴り声は聞こえてくるが、ロゼッタの声は、おそらくこれからも聞こえてこないだろう、ということ。

 それが良いのか悪いのかは、今のところ分からない。

 助けも呼べない、そんなことを良いと思っていいのか、自分が嫌になる。

 だけど、何もなければよい。

 そして、普段は見て見ぬふりをしていた。

 しかし、今宵だけは。


 そんな風に思うのは、ロゼッタが変わってきていたからだ。

 あの『ロジェ』という小鳥を育て始めてから、ロゼッタの表情が柔らかくなった気がするのだ。あの全く動かない仮面のような白い顔ではなく、どこか命が通ってきているような、そんな表情。

 笑顔や怒り、悲しみなどではなく。

 ただ、命を感じるような……。

 だから、あの雛が飛び立つまでは。今夜だけは、彼女の尊厳を守ろうと思ったのだ。

 しかし、窓は誰が開けたのだろう。


 ロゼッタしかいないのだろうが、どうして開いたのだろう。中の様子は窺いやすいが、普段は閉まっていたはずなのに。

 疑問を感じるハウエルが見上げた窓からは、あの薔薇の香が漂ってきていた。

 そして、その漂う薔薇の香にロジェの声が混じり出す。


 ぴ、ぴぴ、ぴぴぴぴ


 と。


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― 新着の感想 ―
ここまで読ませていただきました。小鳥のロジェに、小さな自分を重ねるロゼッタ、その成長を見守る中で、父の影や母の思い出とともに、心に温もりを取り戻していく様子が印象的です。そして、ハウエルの優しいまなざ…
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