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そう、だから君を奪うことにした  作者: 瑞月風花
第一章『生贄のような花嫁』

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「ロジェとミモザの夫人」①

 私を呼ぶのは小さなロゼッタ。

 そう、ロジェと名付けたあの雛鳥。

 きっとお腹を空かせているのだわ。


 メイドに「粟と稗、草の実などが欲しい」と言ったときは、また「偉そうなことを言って」と彼女にもぶたれてしまうかとドキドキしてしまったけれど、兵隊さんが準備してくれた鳥かごを見せ「ロジェにあげたいの」と伝えると、ほっと息をつくような表情で快く私の言葉を受け取ってくれた。


「小鳥のごはんでしたのですね」


 それから彼女は毎朝ふやかした粟や稗などを持ってきてくれる。

 兵隊さんが言ったとおり。

 メイドは私を痛くはしなかった。

 彼女に給餌というものを教えてもらいながら、大きく口を空けて匙を待つ小鳥にごはんをあげる。

 私が近づくとロジェはいつも元気に口をあけて待つ。


 ロジェはまだ赤ちゃんだから、香炉のクッションと、使ったことのないハンカチを敷いてベッドにしてあげた。ロジェは布団を被ったりはしないけど、ペタペタの羽に力を入れて声を出す。

 私が近づくと、その声はいっそう大きくなる。

 もう、かくれんぼはしないみたい。私を呼んで、私を待って。

 見つけて欲しいと、鳴いている。


 兵隊さんは午後にイモムシを瓶に詰めて持ってくる。

 とても気持ちが悪いものだけど、小鳥はそれも食べるのだそう。

 私がお肉を食べるのと同じだと言われると、そうなんだ、と思って瓶を眺めた。

 うにうに動く青いものや黒いもの。

 ……お肉。

 そんな高級なものがこんなにたくさん。

 私は食べたいとは思わないけれど、そう思えば、気持ち悪くなくなった。

 箸でつまんで口に入れると、ロジェは次をねだる。


 こんなものでも美味しいのね。


 石のお部屋の私はあんまり食べたくなかったはずだけど。

 私を太らせるために与えられるたくさんの食事は、苦痛だったのだけれど。

 欲しがっているのだから、良いのよね。


 それとも小さなロゼッタはよく食べていたのだったかしら。

 だから、父がよく食べる私へのお祝いにニワトリを締めてくれたのだろうか。


 私の記憶は曖昧だった。どれが私でどれがロゼッタか。

 だけど、父の影を思い出したのは、やっと見つけたロジェが教えてくれているのかしら。

 ロゼッタは、こんな女の子だったでしょう?と。

 もしかしたら、石のお部屋でも、化け物の肉にするために私を膨らませようとしたのではなくて、ただ、大きくなって欲しいと思っただけだったのだろうか。


 私はロジェがたくさん食べて、大きくなることをこんなに願っているのだもの。


 ロジェが元気に鳴いてくれているだけで、心が温かい気持ちになる。

 体が温かくなると、小さなロゼッタが私の中にも戻って来たように思えてくる。


 ロジェ、やっぱりあなたは小さなロゼッタだったのね。

 やっと、戻って来てくれたのね。


 そして、一緒にロジェを見つけてくれた兵隊さんもロジェの姿を見に来てくれる。

 ロジェの成長を見たいのだそう。


 そして、兵隊さんの音がした。

 窓の分厚いガラスを四回叩く音。

 本来のノックの音は二度か三度。知らない誰かじゃない印だと、兵隊さんが言っていた。

 だから、私も安心して窓を開けられる。


 そういえば、兵隊さんは私のお部屋には入ってこない。やっぱりいつ化け物が入って来るか分からないここは、怖いのだわ。

 だってここは入り口がひとつ。窓は鳥かごをやっと外に出せるくらいにしか開かない。


 入ってしまえば逃げられない場所。


 だから、私も鳥かごを窓辺へ持って行き、兵隊さんがよく見えるように、窓を押し開く。

「お元気そうで何よりです。表情もずいぶん良いようで」

 窓を開くと兵隊さんのお顔が見えて、兵隊さんがそう言った。

 兵隊さんのお顔にはロジェによく似た黄味がかった茶色の目があって、その目が少し細くなる。

 私はそのお顔を見るのが好きだった。

 ほんの少し笑っている。

 私を見ても怒らない。

 とても安心。


 それにしても、兵隊さんはロジェの表情が分かるのだろうか。ずっと一緒にいる私にはいつもと変わらない表情に見えるのだけど。

 横から見ても上から見てもよく分からない。

 だけど、確かに少し羽がふわっとしてきたのかもしれない。

 そう思って「よく食べますから」と答えた。

 兵隊さんの顔を見る。

 やっぱりほんの少し笑っているように見えた。


 ロジェが来てから、お庭の散歩はあまりしなくなった。

 夜にロジェが鳴き出すことがあるから。

 だから、いつもほんの少し眠たくてぼんやりしていると、夜更かしすることも多くなってきた。


 夜にだけロジェにお布団を掛けて、そっと手のひらの中で温める。

 ロジェがしっかり寝付くまで、母が語ってくれたガチョウと女の子の話を聞かせてあげていた。

 話が終わりの頃になってくると、ロジェが寝息を立て始める。

 明日になったらペタペタの体がもっとふわふわになっているかもしれない、そんな気がして、そっと見つめる。

 ロジェが私のお部屋にやってきてから、四日ほど。

 最初のころよりもずっと『小鳥』になってきていた。

 いつか羽が自由に動いて、空を自由に飛べるようになる。

 そんな日が来ることを、私はただ夢見ていた。


 ロジェがすっかり寝付いた頃に、私も大きなあくびをしてしまった。

 手元灯りのロウソクも随分短くなっていて、頼りない。暗闇を歩くのは心許ない。だから、火のあるうちにベッドに戻らなくちゃ。転んでしまっては大変だもの。

 踵の高い靴は履いていないけれど、もっとロジェを眺めていたいのだけど。

 そんな思いを心に収め「おやすみなさい、ロジェ」とゆっくりと立ち上がる。

 そうして、そっとロジェを寝床へ戻す。

 ロジェが安心して眠っていると、私も安心できるようだ。


 ちびた燭台を持ちながら、窓辺に寄るとミモザの花が月明かりに咲いていた。

 ずっと綺麗なままのミモザ。

 その下に女の人がいるような。

 あの、二番目の奥さまが。白いドレスに身を包み、私を見つめて立っていた。

 白い彼女が私に微笑んでいる。

 だけど、金色の石はついていない。


「石を……探しているの?」

 どうしてそう思ったのか分からないけれど、私はそれを尋ねていた。二番目の奥さまがずっと身につけていたものだから。

 石ならそこに……。

 そう伝えようと口を開くと、微笑んだままの彼女は微かに首を横に振り、そのまま闇に溶け込んだ。


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