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そう、だから君を奪うことにした  作者: 瑞月風花
第一章『生贄のような花嫁』

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「かくれんぼのロゼッタ」③

 

 旦那さまの化け物は、領地周りを二週間かけてする。そこで税の取り立てを終わらせて、お屋敷にお戻りになる。その頃になるとお屋敷の中に頭の良さそうな男の人が増える。

 彼らと共に旦那さまの化け物は、あの酷い王様よりも偉いお仕事をしているのだそう。

 たくさんお金を生み出す仕事。王様よりもたくさんだって仰っていた。

 税というものが何なのかはよく知らない。だけど、私はこの静かな十四日が来ることを心待ちにしていた。そして、旦那さまが帰ってくる十四日後が来ないことを祈っている。


 税の取り立てから帰ってきたその日の旦那さまは、ご機嫌であっても不機嫌であっても、化け物だから人を悪く言う。

「ロゼッタのように無知で従順だったら、打ち付けずにも済んだというに、馬鹿な奴らだ。ほんとうにお前は素直で可愛い。まるで儂の天使だ。さぁ、よく見せておくれ」

 と、私の瞳を覗き込んだ後、頬の横で生温かい息をかけてくる。


 私は従順でもなければ素直でも可愛くもない。

 まかり間違っても天使のように清らかなものでもない。

 ただ、空っぽになっているだけで、まだロゼッタが戻って来ていないだけで。


 旦那さまのいう税というお金がどういうものなのかも知らないけれど、たまごや豆を売っていた私も、お金なら知っている。鈍色に光る小さな丸いもの。

 それに、もし私が本当に天使だったのならば、皆が私をあんなに鞭うつはずがないのだから。

 そして、その税を取り立てるための出立が、今日だった。


 私は(こう)を焚き込んだ部屋の中で、その香りを髪がたくさん吸い込むように髪を梳かして後ろへ流す。

 メイドがコルセットをぎゅっと締め上げ、旦那さまの化け物の好みに合うような体形に私を仕上げていく。

 薔薇の()は、ロゼッタの香り。

 ロドウェル卿が決めたもの。


 そう、初めて入ったこの屋敷の、この部屋の、あのベッドの上で。

 あの時から、決まっていた。

 メイドに連れられ歩いた明るい廊下から、薄暗い部屋の中へ。


 眩暈を催すほどに薔薇の香が濃厚に焚き占められていて、月の光が遠く薄暗かった。

 それが開かれた扉の外に逃げる前に、扉が閉められた。

 振り返るのもままならない、その瞬時。

「やっと手に入った……儂のものだ」

 その声の後、ただ乱暴に引き寄せられたその場所で、私は何をされているのか全く分からないまま、圧し掛かってくる化け物にただ恐怖を覚えた。


 やすりのようなものが体中をまさぐり始めて、蛇に取りつかれたような感覚が体中を支配したかと思えば、生温い蛞蝓(なめくじ)のようなものがびちゃびちゃと体のそこかしこに落とされた。薔薇の香と生臭さの中、全身が泡立つような震えと強張りに襲われ、逃げようとする私を、それでも化け物は許そうとはせずに、私の自由を押さえ続けた。


 蛇と蛙と蛞蝓(なめくじ)の化け物は、ずっと私にまとわりついていて。

 だけど、それらにしては体温があって……。

 とても嫌。

 だけど、反抗すれば鞭が飛んでくる。

 過去の恐怖からぎゅっと目を瞑り、ただ時が去るのを待っていた。

 悪夢が去るのを、ただ待っていた。


 身を強張らせて大人しくしていた私の上で、ウシガエルのような声で化け物が、『ロゼッタ』を呼んだと思ったら、その生臭い口が私の口を覆ってしまった。

 その時に、私はそのままその化け物に食べられるのだと悟った。

 自分がいったいどんな風に食い荒らされているのかと思うと、とても恐ろしかった。とても痛くて息が苦しかったから。体が割かれる、そんな風に思った恐怖の限界の中、気を失った。


 だけど、朝の光に目を覚ますと、私の体はどこも失われていなかった。

 でも思えばあの時、ロゼッタだけが食べられて、私が残ってしまったのかもしれない。

 だから、私はいつまでもふわふわとして空っぽなのかもしれない。

 それなのに、あの化け物はまだロゼッタを求め欲しがる。

 ロゼッタはもうここにはいないのに……。

 だけど、どうしましょう。

 かくれんぼの先が、あの化け物の体の中だったら、私はもうロゼッタには戻れない。


 ずっとからっぽで生きていかなければならない……。


「奥さま、そろそろお時間です」

 新しく来たメイドの声に頷いて、踵の高い靴を履く。

 初めは転びそうになっていたけれど、ずいぶん上手に歩けるようになってきた。旦那さまの化け物はダンスをなさらないけれど、私は客人と踊らされる。

 客人の機嫌を損ねぬように上手く踊れば褒められて、足を絡めてしまえば、後から部屋で突き飛ばされて、罵倒される。

『ロゼッタよ、どうして儂の思うように出来ぬのか? いつも言っているだろうっ。特別な客人には気に入られろと』

 化け物の声は、低く響くものから、気に入らなければガラスを割るかのような怒号に変わる。

 だから、たくさん歩く練習をしたのだ。それでも上手く歩けない。

 今も、踵はすぐに絨毯に引っかかり、よろけてしまう。


 玄関口まで歩いて行くと、旦那さまの化け物が、わずかに不機嫌な顔を向け、すぐさまあのいやらしい声で私を呼んで、慌ててメイドが私を連れて行く。

 私が踵の高い靴を履いていることすら忘れたようにして、旦那さまの化け物の前でメイドが私の背をそっと押し出した。


「あぁ、儂の可愛いロゼッタ、待ちくたびれたぞ。何をしておったのだ」

 そして、化け物の口から吐き出される生温い息が、見上げた私の額に落ちてくる。

「香を焚いておりました。旦那さま……」

 ……いってらっしゃいませ

 の言葉は食べられた。


 私の髪の中をまさぐりながら、『行ってらっしゃいませ』を食べ尽くした化け物は、そのまま胸に頭を沈め、私の胸を噛み千切ろうと歯を立てた。

 だけど、きっとそこにもロゼッタはいない……。噛み千切ったとしても、私の中にはロゼッタはもういないのだもの。


 でも、髪の中にもいなかったのだろう。だから、噛み締められているこの痛みはずっと続くのだ。痛みに目を瞑り、時を待つ。生温かい息が胸の隙間から入ってくる。化け物が呼吸をしているのだ。

 だけど、化け物は、私の纏うその薔薇の香を吸い込んで吐き出すと、

「良いかロゼッタ。お前のすべては儂のもの。忘れるな」

 と、やはりヒキガエルのようににたりと笑った。ロゼッタの匂いは薔薇の香。

 お見送りのお辞儀をすることはできなかった。だけど、ロゼッタを食べたつもりになって、少しは満足したのかもしれない。


「……はい」

 そして返事に『否』はない。

 マナーの先生が言っていた。


「良い子だ。行ってくるよ。そのまま良い子で待っているんだぞ」

 私の胸には赤の混じるよだれと化け物の歯の跡がただ記されただけで、化け物の背中を見送るためのお辞儀が、やっとできた。

 だから、きっともう痛いことはないのだろう。

 だけど、いつかの“良い子”はこのことだったのだろうか……。


 ねぇ、ロゼッタ?


 あなたの“良い子”は、叶った?

 だったら、どうしてこんなに私は苦しいの?

 どうして、あなたはまだ隠れたままなの?



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― 新着の感想 ―
「私」ではない、かくれんぼのロゼッタ。そうして逃がしてあげることで、それ以上傷つかない自分を作ることができる。いつか戻れば、つらいことを知らないあの頃の自分が幸せになれる。そんな無意識の自己防衛に思え…
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