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そう、だから君を奪うことにした  作者: 瑞月風花
第一章『生贄のような花嫁』

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「かくれんぼのロゼッタ」②


 石のお部屋であったマナーのレッスンの時も、お食事の時も。

 ――これはどうするの? これはなんの食べもの? 美味しいね。

 言われたことは一度で覚える。出されたものは残さずに。

 お喋りなどするものではありません。

 ――うん、分かった。

 言葉遣いは丁寧に。

 ――これは……どうすれば、良いのですか?……。

 どうして覚えられないんだ? いいか、一度教えたことに二度目はない。

 ――っ。

 食べたものを吐き出すだなんて。

 そして、鞭が跳んでくる。背中に手の甲、お尻にふくらはぎ。


 『せんせい』と呼ばれる人も教えたいことだけ私に教えて、私の知りたいことは教えてくれなかった。

 あの酷い王様が、知恵など要らないと言っている、お前はただその細っこい身体を太らせるだけで良い。そんなことを教えてくれはしたけれど。

 そして、旦那さまの化け物は、美味しく太った私が好きで、淑女のような微笑みを私に求め、おしゃべりは求めない。

 求める言葉に否はない。


 だけど兵隊さんは、例え私が質問しても、微笑まなくてもいつもそばにいるだけで、恐怖もない人。

 あの酷い王様と同じサーベルを持っている兵隊さんなのに、不思議な存在だ。

 そう、彼とだけいる。

 それが安心。

 だから、庭の散歩が好きなのかしら……。


 そんな風に思ったその時、玄関口の方から怒鳴り声と悲鳴が聞こえてきた。

 もちろん、気づいたのは私だけじゃなく、兵隊さんもで。

「奥さま、申し訳ありませんがこの傘を……」

 あの化け物の奥さまである私には、持てとは言えないのかもしれない。化け物が怒ると怖いから。だから私はそっと手を伸ばし、傘を受け取る。

「少しお待ちください。すぐ戻りますので」

 その言葉に私は頷いた。これは”動くな”という言葉、だからふたたび空を見上げた。


 あの青い空の向こうにはなにがあるのだろう。空だけが、この鉄柵の向こうと同じ色をしているような気がするのだ。

 鳥のように空を飛べたら、……この鉄柵の向こうに行けるのだろうか。

 だけど、この鉄柵の向こうでも私は要らない人間だった……。そんなことを思い出す。

 だから、私はここにいるのだったわ。

 空はただ青く穏やかで、そこだけが私の居場所のようで。このままそこへ……。

 手を伸ばしてしまいたくなる。

 あまり空ばかり見つめていたものだから、傘が落ちていることにも気づかなかった。だけど、声には気づいた。


「お嬢さんが新しい奥さまかい? まったくロドウェル卿のご趣味は相変わらずまったく良いとは言えないね」


 その声にふわりと視線を下げると、鉄柵の間から黒いマントを頭から被った、白い髪の老婆がいた。そして、私が答える前に、その老婆が続けた。

「その花の名はミモザだよ」

「みもざ……」

「そう、前の奥さまのお名前だ。彼女が亡くなった後に植えられたのさ。彼女の付けていた金色の宝石と共に」

 奥さまのお名前……。

 そう思ってもう一度黄色い花を咲かせている木を見上げた。

 あの階段の踊り場の女性が、この花の下に立っていたら綺麗だろうな……。


 うん、きっと綺麗。

 私が死んだらこの赤いロゼッタと共に、薔薇が植えられるのだろうか……。

 そこが私の居場所なのだろうか。

 薔薇のそばに立つ私は、綺麗なのだろうか……。


 そんな風に思いながら、ミモザばかり見ていたからか、兵隊さんが戻ってきたことにも気づかなかった。やっぱり私はふわふわしていて、ここにいるのかどうかも分からない。

 だけど、彼が戻ってきたことに対しても、何も驚かなかった。

 それが兵隊さんのお仕事だから。 

 先に彼に拾われた傘の陰が、私を覆い尽くしたから。


「奥さま、お待たせいたしました。どうやら物乞いが突然やってきていたらしく、その姿が異様だったという……だけでしたが……どうかなされましたか?」

 兵隊さんの彼だけは、私に報告してもいなくならない。だから、いつもこうして屋敷で起きた出来事があれば、教えてくれる。だから、私も今教えてもらったことを報告する。


「みもざ……なのですって」

「ミモザ?」

「この花の、名前……です」


 すでに老婆の姿はなかった。あの一瞬でどうやって消えたのかは分からないけれど、兵隊さんがその老婆を見つけてはいけないような気がしたのは、たぶん、兵隊さんにとってあの老婆は鞭を打つ相手だと思ったからだ。

 あの老婆は私に花の名前を教えてくれただけで、何も悪いことはしていないのだもの。

 兵隊さんは私と一緒にそのミモザを眺め、「ミモザ……ですか」と独りごちていた。


 その夜は月が綺麗で、外が異様に騒がしかった。

 誰かを探すような男の人の声が何人か。大地を蹴る爪の音は、犬のような鳴き声とともに。

 何かがあったのだろうとは思うけれど、私に知る由もないけれど、どこか胸騒ぎがして、その夜は旦那さまの化け物が屋敷にいたのに、私の元には来なくて。

 異様な夜だということだけを感じた私は薄衣のままの姿で、誘われるようにして、その窓を無意識に押し開けていた。

 鉄柵の向こうには行き来する橙の光が、やはり大型の犬の影を映していて、「いたか?」「いない」「いなくても探せ」という不思議な叫び声が聞こえてきていた。


 いないものは探せないのに……。


 しばらくすると騒がしい橙色が、屋敷の角を曲がって行って、窓には月明りだけが残った。

 静かな月明り。

 あの兵隊さんの声はしなかった。

 兵隊さんは、動かずこの部屋の扉の前にいるのだろうか。それともお部屋でお休みなのかしら。

 白い光が、ミモザの影を映し出す。

 白い髪の老婆がいた場所は、今は闇の中だ。

 ミモザの下には二番目の奥さま。

 初めて求めた答えが与えられた私は、その言葉を大切に忘れないように呟いた。


 闇の中でも綺麗なミモザ。

 一番目の奥さまは、どこにいらっしゃるのだろう。

 あぁ、だから、庭を歩くのかもしれない。


 ロゼッタを探すのと同じように、私はあのメイドの言葉を探していたのかもしれない。


 私は、その奥さまたちがどこへ行ってしまわれたのかを探していたのかもしれない。

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