「かくれんぼのロゼッタ」①
春を告げる小鳥たちが庭にも現れているようで、とても近くから声が聞こえていた。
私はその声に誘われるようにして、庭に出てきていた。
肩に薄いショールを引っかけ、背後に日傘持ちの兵隊さんを連れて。
兵隊さんはずっと私を監視する仕事をしている。
大丈夫、逃げだそうだなんて思わない。まだ、わずかに腫れている頰にそっと指を触れさせ、そう思う。
やっぱり痛いのは、嫌だもの。
そんな風に思うのに、庭を歩きたくなるのはどうしてだろう。
一昨日はサーツァリ卿を案内するためだった。今日はカッコウと鳴く鳥を探そうと思って。
だけど、普段の私が庭を歩く理由はない。
あまり歩くと叱られるから、旦那さまの化け物がいるときは控えたほうが良いのだけれど、どうしてだろう、なぜか庭を歩きたくなる。何かを見つけたくなる。そこが、私の居場所のような気がして。
でも、もしかしたらかくれんぼをしている”ロゼッタ”を見つけたいのかもしれない。
……きっと、そうね。
ここにいる私は空っぽみたいだもの。
ふわふわしていて、明日を考える気すら起こらないし。どうしても逃げられない。
だからロゼッタだけはかくれんぼを始めたのだろう。
ねぇ、ロゼッタ? あなたはいったいどこへ行ったの?
だけど、一人で出歩くことはできないから、いつもロゼッタは出てきてくれない。
だって、ロゼッタはとても臆病者だから。きっとこの兵隊さんも怖いのだわ。
ロゼッタも一緒に歩けば良いのに。
――今は大丈夫なの?
ロゼッタの幼い声が時々聞こえる。
えぇ、きっと大丈夫。だから、出てきても大丈夫よ。
――本当に?
臆病者のロゼッタは、それでもやっぱり出てこない。仕方がないから、今日も私は"私"のままで過ごしているしかない。
庭には私の知らない木が植えられている。
私の胸に飾られている赤い薔薇がないのは分かっているが、黄色い花が満開のもの。上向きの白い花が開くもの。薄桃色の花びらが開くもの。
そして、この時期の緑はとても綺麗。
立ち止まり空を見上げると、太陽が白く光っていた。
旦那さまの化け物は私の肌が焼けるのを嫌うのだけれど。
それなのに、庭を歩くことはやめられない。
そんなことを思いながら、日傘持ちの兵隊さんを振り返った。
「どうなさいました?」
どうなさったのか、私もよく分からない。だけど、ふとこの兵隊さんならロゼッタを見つけられるんじゃないか、そんな風に思ったのだ。
もちろん、そんなことは言わないわ。
ロゼッタは隠れていたいのだもの。
「いいえ……そうね……このお花の名前はなんと言うの?」
「さぁ、私にも分かりかねますね」
「そう……」
兵隊さんはいつも私の質問の答えはくれない。だから、兵隊さんは私の中でずっと”兵隊さん”のままで、私もあれ以来彼の名前を尋ねていない。
それに、お喋りはあまりしてはいけないの。だって、あの石のお部屋にいる時も、余計な声を出すだけで鞭で叩かれていたんだもの。旦那さまの化け物は、言いつけ通りにしていろ、と彼の意に染まねば、頬をぶつのだもの。
あの時ぶたれなかったのは、サーツァリ卿がいらしていたから。
だって、あの日もサーツァリ卿が帰った後に、私はたくさんぶたれたのだ。
「まだお前は自分の立場を分かっていないのか?」
と。
三度目に頬をぶった時、私の口が切れたことを知った化け物は「かわいそうなロゼッタよ。血が出ているではないか」と壁に押し付けた私の胸をひねりつぶしたまま、口と血を吸いあげた。恐ろしくておぞましくて、震える体は言うことを聞かない。だけど、逃がさないのも化け物の腕だった。化け物は人の目を恐れながら、人を食べるの。
だから、赤い頬や切れた唇は、きっと兵隊さんにも知られてはいけないもの。兵隊さんに捕まっちゃったら、もう人を食べられなくなるもの。
そして、化け物は私の中にはなくなった”ロゼッタ”を今も探し続けている。
だから、赤く腫れている私の頬を、その手のやすりで削ろうとしていた。私の頬はヒリヒリとさらに痛み出したけれど、ロゼッタがいないことが分かったら、きっとそのまま丸のみにされてしまう。
だけど――痛いのは嫌。言えないけれど、ずっとそれは変わらない。














